Parallel World A.A.

マルメロの陽光

なんて退屈な映画なんだろう、と思う人がいるかもしれません。スペインの画家アントニオ・ロペス・ガルシア本人がキャンパスを組み立てるところから始まって、庭にあるマルメロを描く姿をドキュメンタリー風に撮っただけの映画です。途中でハプニングもなければ、ドラマもないし、音楽もほとんどありません。登場人物も場面転換も最小限です。「エル・スール」や「みつばちのささやき」で有名なビクトル・エリセの作品です。

でも僕は、とてもおもしろい映画だと思いました。なぜでしょう。それは、たぶん小さい頃に絵を描いていた時のことを思い出したからだと思います。

小学校の頃です。僕は、毎日画用紙に向かっていました。何を描いていたのか正確には思い出せないのですが、たぶん目の前に見える風景だとか、理想の街の設計図だとか、それから地図もよく描いていました。僕は日本地図を何も見ないですらすらと描くことができました。画用紙に向かう時間が楽しみで、毎日、学校からワクワクしながら帰ってきました。僕にとって学校はあまり楽しい場所ではなかったので、というよりは行くのが嫌で仕方のない場所だったので、開放感あふれるワクワクした感じを、今でも思い出すことができます。同じように学校へ行くときの嫌な感じもよく思い出します。だから僕は今でも朝が嫌いで、夕方が好きなのかもしれません。

それはともかく、そうやってワクワクしながら帰ってきて画用紙に向かうと、どうしても前の日に描いた絵が気に入らないのです。それは、「どうしても」気に入らないので、また最初から描き始めます。でも夕食までに完成することはまずありません。続きはまた明日描くことにしてスケッチブックを閉じます。次の日も、その次の日も同じことの繰り返しです。そうです。そうやって僕の絵はめったに完成しなかったのです。

でも、もっとおもしろいことは、絵が完成しないで嫌だった記憶が全くないことです。そもそも描くこと自体が楽しかったので、絵が完成するかどうかは僕には全く関係なかったのです。別に誰かに見せようと思って描いていたわけでもないし、もちろん宿題でもありません。

話がずいぶんと回り道をしてしまいました。確か映画の最後で、アントニオ・ロペス・ガルシアは、満ち足りた表情で絵を片付けます。マルメロが実る次の年まで絵をしまっておくのです。(間違っていたらごめんなさい。もうずいぶんと前に見た映画なので)

残念なことなのだけど、大人になってから、あの開放感あふれるワクワクした気分を味わう機会はとても少なくなりました。

<絵:田園>

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