【リコリス・ラディアタ Lycoris radiata】
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珍しく静かな午後。 赤髪海賊団の副船長ベン・ベックマンは自室で己の任務に勤しんでいた。 なぜか目の前にはいるはずのない人間がいるのだが、 そのようなことは些事でしかない。船長殿に居座られることを思えば。 というベンの内心を読んだかの如く、その声は聞こえてきた。 「ベーン、ベン〜ベン、ベン」 たいそう上機嫌な呼び声に背筋を凍らせたベン・ベックマンは、 素知らぬふりで間仕切りのドアからそっと逃れようとして、 果たせなかった。 彼がそっと回れ右をしようとした時には既に遅し。 がしっと掴まれていたのだ。シャツの背とベルトと。 掴んだのは言わずと知れた凸凹コンビだ。 「いけねぇなぁ、副船長。お頭が呼んでるのにシカトするなんざ」 「そうそう、愛を疑われっぜ」 半分面白がりつつ、半分は真剣な二人だった。 今ここでベックマンに逃げられたら そのとばっちりは間違いなく自分達にやってくるのだ。 「…分かった」 大きく溜息をついて立ち上がるベックマンに安堵の息を漏らす 二人に声がかかる。 「行ってくるから、その計算の続きはやっておいてくれ」 あっさり言われて思わず首を縦に振り 「できれば、その後も何とかしてくれると助かる」 その後―― 机上の書類に目をやった二人は げっと唸るはめになった。 それは、今回の航海での戦利品と砲弾等いわゆる必要経費とのバランスシートだった。 しかも、末尾の文字は赤い。 実入り自体はけっこうあるのに、武器の調達額がでかい。 つまり、自分達が楽しみすぎたというわけだ。 十分以上に覚えのある二人は顔を見合わせ、唸るしかなかった。 一方ベックマンはあっさりシャンクスに出会っていた。 声が聞こえる程度の距離まで来ていたのだ。 ベンを見つけたシャンクスは、にまーという擬態語通りの笑いを顔一杯に浮かべ 大きく手を振った。 その手には1本の赤い花。 「花がどうかしたのか?」 「てめえが言ったんだよな。 この花、花が咲いてる時には葉はなくて 葉が出てくる時には、もう花はないって」 「ああ、葉見ず花見ずという別名があるくらいだからな」 ベンの説明を聞いた途端、シャンクスの瞳がきらきらと輝く。 緑の瞳がくるりと回って、言質を取る。 「言ったな」 「ああ、、それがどうした?」 「よーし、付いてこい」 反っくりかえって命令するような事かとは思うが…、 「…分かった」 今さら逆らう理由もなかった。 今断ってもシャンクスが納得するとは思えない。 ならば彼の気が済むまで付き合うしかないだろう。 賢明にもそう判断したベックマンは、己の船長に従った。 赤髪海賊団が現在停泊しているのは、さほど大きな港ではない。 市場の規模こそ大きいものの、山が海のすぐ近くまで迫った岬の町だ。 少し歩けば、すぐ山に入る。 山の間に開かれた道はそれなりの広さがあり整備もされていたが 少し外れれば道は消え、精々が獣道めいたものになる。 それでも、大きな木は疎らで、わりあい歩きやすい。 そのあちこちには、この季節だけに咲く赤い花群があった。 その球根は有毒である故にくれぐれも味見してみようなど思ってくれるなと 先日、ベックマンは船長に懇々と説いたものだ。 |
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「ほう」 シャンクスの指さす方を見たベンの声には確かに驚きがあった。 「またこれは、珍しいものを見つけたもんだ」 「だろっ、花と葉、いっしょに出てるじゃんか」 「いや、これは花と葉が同時に出ているわけじゃない」 ベックマンの指が花茎の根もとに堆積した落ち葉を取り除く。 その下には球根が行儀良く並んでいた。 その幾つかには花茎がすっくと立ち、いくつかからは短い葉が出ている。 「葉が出ている球根には、もう花はないだろう。 花が終わったあとの花茎から余った養分を球根に戻してるんだ。 だから、養分をもらった球根は早々に葉を出す」 「俺も、こんなに葉が出始めたところを見たのは初めてだが」 己の正しさを言い募るでなく淡々と、それでも己の知らぬ領域は正直に示して 「ヒガンバナは遺伝的には同一だから、だいたいは同じ時期に咲くもんだ。 ここまで花期がずれるのは珍しい。」 「イデンテキニハドウイツって、どういう意味だ?」 見事な棒読みだった。 「人体を校正する化学物質……」云々と述べ立てようと口を開きかけていた副船長は0.1秒ほど逡巡し、 あっさりと言い換えてやった。 「つまり、もとから全部同じってこった」 敬愛する船長殿の心の安寧のために。 「けど、もう終わりかけてるヤツもあるぞ?」 「これはコヒガンバナだ。さっきのはヒガンバナ」 「コって、小さいってことか?」 「いや、大きさだけじゃない。遺伝的には大違いだ」 「どう違うんだ」 「こちらは三倍体で不稔だが、コヒガンバナは二倍体で」 ?を10個ほど並べたシャンクスの顔を見て肩をすくめたベックマンは言い方を変えた。 「要するに、種ができないから、球根で増えていくんだ」 「種無しなのに増えるのか」 「ああ、己とまったく同じ子孫を増やしていくんだ。 異なる遺伝子を受け容れることがないからな――ずっと変わらない」 ふーんと口を尖らせるシャンクスからは、先ほどまでのテンションは欠片もなかった。 こと生殖に関することがらは、海賊の関心からは外れているのだ。 彼らは家庭を持ち子孫を増やすということには頓着しない。或いは、 そもそもそういう選択肢を持たない、持てない面々だ。 それでも、ベンの解説そのものが嫌なわけではないらしく シャンクスはおとなしくベンの顔を見ていた。 正確には、いつになく良く動くベンの口元を見ていた。 「…好きだな、てめえ。こういうの」 「そうだな、知識を得るのは楽しい」 知ることで見えてくるものがある。 世界には、こんなにも色々なモノが存在するということ。 そして、それらの殆どに名があるということ。 それらを見つけ、命名した者がいるということ。 種の多様性 生命は、こんなにも異なっており、これほどにも自由だ。 これほどの差異がその生を認められている…… 己の生もまた…… 「俺とのオタノシミとどっちがいいよ」 「チテキコウキシンってヤツと俺のカラダとどっちがいい?」 「あんたを選ばなかったらどうするつもりだ」 「決まってらぁ♪」 こうやって、 言いながら、シャンクスの左手がベックマンの肩を抱える。 固い胸が擦りつけられた。 薄いシャツを通して鋭く尖っているのが丸分かりの胸だ。 「俺の方がいいと言うまで、いたぶってやるよ」 伸びてきた指に、ベックマンは笑って己の身体の主導権を渡した。 |
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2006.9.18 |
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自分で赤面。ひえーー でも、せっかくだから(^◇^;) カット画像は、私が撮影した彼岸花です。 リコリスの情報は、以下のサイト様でいただきました。 ・「愛の悲願花(リコリス復活)」 http://mozmoz.web.infoseek.co.jp/lyco1.htm ・「球根植物写真館」 http://www5.ocn.ne.jp/~koyama/index.htm ・「草と木と花の博物誌」 http://www5e.biglobe.ne.jp/~lycoris/index.html 右上の「×」を押して、お帰りください。 |