注意:猫耳です。赤いのも黒いのあります。
お嫌な方はバックしてくださいませm(__)m



    A tale of a cat 】     
      



 秋も深まった十月の終わり、
小さな港に停泊中の赤髪海賊団には珍しく平穏な時間が流れていた。
 少し前に大きな獲物をしとめたので、船倉は戦利品に溢れ、十分に暴れた一同は船長を筆頭にすっかり寛ぎ、さながら満腹した猫科の動物の檻もかくやという緩みきった状態であったのだ。



 例によって副船長室に押しかけたシャンクスは副船長の仕事の邪魔をしつつ、昼寝中の黒猫を構い倒していた。猫が本気で怒ったらおそろしいことになるのだが、シャンクスという男はその辺の見極めが上手いのだ。
猫が本気で嫌がる三歩ほど手前、うるさいなぁと思う程度に止めて覚醒までは持っていかない。
 その結果、黒猫カッツェはうつらうつら夢うつつの中、シャンクスに構ってもらっているという満足感も得ていた。寝くたれたまま、たいそう機嫌の良い印にしっぽが揺れている。長く伸びたままの、しっぽの先だけがぴくぴくと揺れているわけで、シャンクスが傍にいることに満足していることを証明していた。

「おーか、気持ちいーか。おまえは分かりやすくていーよな」
 …あんたもだ、密かに指摘していたベンの心中を見透かしたかのように、
「なぁなぁ、ベン。俺にもしっぽとか耳とかあったら便利と思わねぇ?」
 絶句するようなことを聞いてくる。

「…あんた、それ以上どう分からせる必要がある?」

 シャンクスの感情など赤子にだとて分かる。ほとんど垂れ流しのだだ漏れ状態なのだから。今さら耳だのしっぽだのに頼る必要はないのだ。



「てめーな、それが船長に言うセリフかよ。可愛いだろーなとか似合うと思うよとかくらい…」
 途中で我に返ったらしい。シャンクスの追求はおさまった。
「言ってほしいのか…」
 頭痛がしてきそうなこめかみを押さえつつベンが確認を取れば、
「言うわけねーよな、てめーが」
 ふてくされた返事が返ってくる。
 朴念仁だからよ。
 そういう問題ではないと思うのだが…いや、言ってほしーなどと真顔で言われるよりマシだがしかし…
 それでも気持ちは収まらないらしいシャンクスは、枕をぼすぼす叩きながら、ぶつぶつと文句を言い続ける。

ごろりとベッドの上に転がってシーツをくしゃくしゃにした挙げ句、その中に潜り込む。モグラよろしくベッドの端まで掘り進んで、ようやく顔を出した。
 そのままベンを睨み、、「八つ当たりしています」と大きく顔に書いてある状態で言い放つ。
「てめーは俺に羽が生えたってしっぽがついたって気が付かないんじゃねぇか」
 シーツに埋まっていた顔は上気し、口はへの字。ン十と七つという年齢の前半部さえ考えなければ、可愛くないこともない。が、ベンはそれどころではなかった。



「!!!…」

「なんだよ、都合が悪くなったらだんまりかよ、お前もセーカク悪くなったよなー」
 まじまじとシャンクスを見つめたまま微動だにしないベンに、シャンクスはなおのこと毒づく。

「…気が付かないのか」
「何に?」
「いや、そんなはずは…やっぱり俺をかつごうとして…」
「なんだよ、今度はブツブツ言い出して」
「そうだ、そうに決まってる。こんな非科学的なこと、ありえない」
「だーからー、何がだよ」
「この耳がだ、おふざけにも限度というものが」
 ある、と言いかけた副船長の口は、開いたまま止まった。
 あり得べきでないものを見たのだ。副船長が渾身の力で引っ張って、まだ剥がれぬ付け耳!「いててて」と涙目で見上げてくる船長…
 いや、それはいい。おふざけには全力で取り組む船長閣下のことだ。超強力接着剤でも使ったのだろう。
 だが、己の手に残るこの感触は。いや感触はともかく体温まであるのはどういうわけだ。それも体温より微妙に低めという芸の細かさ。作り物にしては芸が細かすぎる。副船長はいきなりアクションを起こした。
「手前、いきなりなにしやがる!」
 その報いは即やってきた。
 それはそうだろう。いかにコイビト同士であろうといきなりズボンの後ろに手を突っ込んだりしたら、それはセクハラないし痴漢である。拳骨で殴られても文句は言えまい。そして、仮にも恋人同士なんだから拳骨で殴るのは止せくらい言ってもいいはずの男はただ茫然としていた。
 その手にふさふさとした赤いしっぽをにぎったまま。
猫耳がついているなら猫のしっぽもついているのでは…という予想は大当たりで、当たって欲しくないときに限って良く当たる己の勘を呪いながらベンはそれが作り物ではありえないことを確認した。ふっさりとした感触といい芯に骨があることを感じさせる造りといい微妙に上下するその動きといい作り物だのくっつけただけだの言うレベルではない。





「…それ、なに?」
「…しっぽだな…」
「あんたの」と続ける副船長殿の声は、さながら地獄の底から響いてくるかのようだった。

「俺の?」
「あんたのだ!あんた以外の誰のしっぽだってんだっ」
 副船長の怒りの声なんぞ聞いちゃいねえ。傍迷惑にもばさばさとしっぽを振り回したシャンクスの第一声は
「おー、ちゃんと動くじゃん」
だった。
「シャンクス…そういう問題じゃ」
 突然猫耳としっぽが生えた人間が最初に言う言葉として、それはどうであろうか。
「だって、思い通り動かないしっぽじゃ困るじゃん」
 思い通り動いたら困らないとでも? 心の中で突っ込みを入れていたベックマンは、次の事態への対応に後れを取った。あまりのことに茫然として、はっと気が付けばお頭がいなかった。く宵の明星が瞬きを始める頃合いだ。



 いつものごとく宣言して動いてくれればともかく、こんな状況で部屋から出ようなど、ベンの予想を超えていたのだ。
 この時、ベンのメモリ容量は、「待て」とか「そんな馬鹿な」とか「あまりに非科学的な」とかそんな単語でいっぱいになっており、手足を動かす方まで回らなかったらしい。慌てて追いかけたときには船長閣下は既に甲板に出ており、更に、勢揃いした手下達に新しいオモチャ=己の耳としっぽをご披露している真っ最中だった。

「いーだろ」
 得意満面、或いは喜色満面。ともかくそういう類の顔だ。呆気にとられている部下達が、それでもお頭を見捨てているわけではないらしいのが有り難いやら情けないやら。ベックマンは頭を抱えて座り込んだ。

 赤髪の中から飛び出した耳はかなりでかく、船長殿が表情を変えるたびに思い切りよく動いた。くっつけただけの作り物かも…という全員のはかない期待は、文字通りはかなかった。
 へしゃげ気味の三角形の先っちょには三本だけ少し長めの毛が伸びている。 まとまりなくあちこちに向いているところは主にそっくりだ。
 しっぽを出したためにずり落ち気味のズボンは、それでも辛うじて臍下で留まり、副船長の気持ちを幾分か軽くしていた。ふかふかとした長めの毛は輝くようなオレンジレッドで、うっすら濃淡があるのは実は縞模様だからか。
「で、なー。このバランス取るのがけっこー難しくてなー」
 ほんの少しの間に、すっかりしっぽの扱いをマスターしたらしい。くるんくるんと曲げたり伸ばしたり自在に操っている。




「いいですねぇ、お頭。すごくチャーミングですよ、その耳とシッポ」
「おー、分かるか」

「分かりますよぅ、ふさっとしてて傷一つ無いじゃないですか。強い猫の証拠ですよね。」
「とーぜんだろ」
シャンクスは反っくりかえる。
「俺ぁ猫でも強いのさぁ」
「そうですよね、お頭ですもん」
 ボウシに悪気はない。多分無い。ただちょっと度を過ぎた猫好きで、猫とみると構わずにはいられないだけなのだ。そしてお頭を敬愛しているのも確かなのだが、

「でも、なんだっていきなり猫の耳としっぽなんです?」
 そこだ、突っ込めという周囲の期待は、
「知らねー」
 あっさりと撫で落とされた。
「でも何か原因はあるんじゃないですか」
 ほら、何かしたとかしなかったとか。魔法とかお呪いの類にだってルールはあるわけだし。

「俺ぁただベンのやろーに言っただけだ、俺にしっぽが生えたってって」
「そしたら猫の耳としっぽがついててよぅ」
「すごくご都合主義な展開ですね、副船長」
「俺に振るな」
 副船長が真底へばっているのが、その場の全員によっく伝わった。何か原因があるというなら、副船長としても対処のしようがあるのだが、原因が分からないのでは、如何ともしがたい。そして、対処方法がないという事態ほど、副船長にとってストレスになることはないのだ。
そうと分かる程度には、全員が己の船の副船長を理解していた。



「土地の魔力ってやつですかね」
 かなり年配の男が首を振り振り言う。
「ほら、ここらはずっと昔は魔術師の土地だったでしょ」
 海の底に沈んだ今だって、何らかの力は残ってると思うんですよ。まして今は魔女の月、三日月夜だし。















「あー、じゃあさ。こー?」
 シャンクスが真顔で言い出した時、イヤな予感はしたのだ。
「俺にしっぽがって代わりに、お前にしっぽがって言ってたら」







 言い終わるか終わらないかのうちだった。何の前兆もなく、それは起きた。
 深々と皺を刻んだ副船長の額の上、跳ね上げた前髪を持ち上げて耳が生えていた。髪の色に似つかわしい真っ黒な耳だった。シャンクスのとは肉も薄く、毛もごく短い。短毛種のそれだった。
 これに、自覚症状はないのだろう。いっせいに自分に集中した視線に、副船長は居心地悪げに身動ぎ、無意識に髪に手を差し込んだ。いつものように髪をかき上げようとし、そのまま硬直した。いっそ見事なフリーズだった。
 他の者とてしっかり固まってはいたのだが、何のダメージも受けてない者が一人。それ自体は想定内のことではあったが、その一人が続けて起こした動きに、居合わせた全員の目は点になり、場の空気は凍り付いた。
 いつのまにか副船長の背後に回り込んでいたシャンクスが、副船長のカーゴパンツに手を突っ込み、そして何かを引き出したのだ。
 何か。はつやつやと黒くしなやかに長いもの、見事なしっぽだった。非の打ち所のない、けれど、猫のしっぽ以外の何でもない。






「シャンクスッー」
「お頭ーーっ」







 なんということを。なんということを!

 それぞれに真っ青になる全員の前で、シャンクスはのんきに副船長の《しっぽ》を撫でていたりする。
「思った通りだぁ」
 耳の色からして、しっぽも絶対黒だと思ったんだよな。
きれーだぁ。う〜ん、手触りもいー♪

 硬直した副船長のしっぽを盛大に撫で回す。頬ずりせんばかりというか、音符マークとハートマークが派手に付いていそうな勢いだ。
「さすが副ちゃんだよな。しっぽまで美人さんだ」

 見る間に細かったしっぽが膨らんでいくのに気が付かないのか、遠慮もなく艶やかなしっぽを撫でさする。頭上で炸裂寸前の爆弾に気が付かないというのは海賊として致命的ではないのか。





 こ、このバ頭。
 ――場の空気を読まないにも程がある…
 はは…誰か止めろ…
 バカ言え! お頭を止められるやつがいるか。
 副船長以外にいるはずがない。その副船長は今硬直したまま爆発の臨界点に向かっている途上だ。
 ニゲロ、誰の本能もそう囁いていた。
 が、その発動はいささか遅きに失して。




「シャンクスーーー!」



 船全体に響き渡る怒声。続いて甲板を踏み破らんばかりの靴音。鉄の鋲を売った長靴が主の全体重かけて踏みならしたのだ。甲板が抜けなかっただけマシだろう。

「す、すごかったですね」
「俺、初めて見ましたよ、あんなでっかくふくらんだしっぽ」
 猫のしっぽがふくらんで毛が逆立つとき―― それは猫が怒り狂っているとき。そして、この場合、怒っているのは副船長当人な訳だ。猫についても副船長についてもよーく知っている幹部一同は青ざめた。



「なんだ、あいつ。なに怒ってんだよ」

 地雷を踏んだ、というか逆鱗に触れた当の本人にはまったく分かってなかったりいる。ぽりぽりと鼻の頭なぞ掻きながら平和に船室の方を見ている。
「あいつってば有能なのはいーけど、怒りっぽいのが玉に瑕だよな」「せっかくのびぼーが台無しじゃないかよなー」
 ぶちぶち言いながら床に座り込んだままのお頭に、全員のココロを代弁して狙撃手が詰め寄る。



「お頭!」
「なんだぁ、ヤソップ」
 そんな引っ付かなくたって聞こえるぞ?
 のほほんと抜かす騒動の張本人に、引導を渡す。
 
「さっさと副船長の所に行けーー」
「なんで?」
「いいから行け!」
 とりあえず当たる対象物を作っておく。お頭ではあるまいし、副船長が八つ当たりなどという低俗な行動を取

るはずはないと思ってはいても、今回は非常事態だ。非常時すぎる。打てる限りの手は打っておくに限る。
 というか、猫の耳としっぽを付けた海賊頭というのはたいそう頭痛物で、ちょっとばかし目の毒でもあった。
興味津々の若手を前に耳だけならまだしも、しっぽまで見せびらかして回りそうなお頭などアブナくてしようがない。

「いいから、あんたら籠もってろ」

 危険物はまとめて部屋に隔離しておくに限る。




 あとは――
 その上でヤソップが駆けつけたのは、船底のカッツェの所だったりする。


「カッツェーー!」
 うるさいわねぇ、今日という日はあたし達黒猫は忙しいのよ。色々やんなきゃいけないのよ。邪魔しないでちょうだい。



「こっちも急ぐんだ、非常事態なんだ」

 甲板での顛末を縷々と説明しても
「そんなこと」
 カッツェは動じない。
「もうじき万聖節だもの。何だって起こるわよ」
「万聖節?」
「知らないのぉ」
これだからニンゲンは。と言わんばかりに肩をすくめる黒猫――(ヤソップは猫にも肩があるんだ、などとのんきなことを考えていた。いささか逃避したがっていたのかもしれない)
 この海域は太古文明が栄えた地域で、そこの暦によると一年は十月三十一日に終わるという。この日をもって夏は終わり、冬が始まる。それを記念してこの日は収穫の後の祭日となっており、当然どんちゃん騒ぎが繰り広げられるわけだが、騒ぐのは人間ばかりではなく、悪魔や魔女、精霊や妖精も人の中に混じって色々な悪さをするのだという。
「なにしろ古い古い土地ですものね、何があったって不思議はないのよ」
「おまえさん、なんだってそんなによく知ってんだ?」
 ヤソップの疑惑はもっともだった。事情が分かったのは助かるが、いささか詳しすぎる。いかに猫は情報通とはいえ。
「先触れが来たのよ。あたしみたいな黒猫は歓迎するって」
 カッツェが機嫌の良い理由の一つはその伝言のせいらしかった。ハブにされるのをなにより嫌う黒猫は、歓迎するという言葉一つでこの地に好印象を抱いたらしい。お手軽と言えばお手軽だが、今これ以上の騒動はごめんなのでヤソップとしては大助かりだった。



「それじゃ万聖節とやらが終わったら、副船長とお頭は元に戻るんだな」
「そうよー、」
 さっきからそう言ってるじゃないのと請け合ってくれたのはいいが、
「だからあー」
 元に戻る前に見に行かなくちゃあ、副船長の猫耳♪
と、立ち上がってくれる。
「わーーっ行かなくていいーー」
 ヤソップは焦りまくって猫を取り押さえた。
「今の副船長には近づかない方が良い」
 猫だろうと手加減できる状態じゃねぇんだから。
「そんなに怒ってるのを〜」
「怒ってる、なんてもんじゃねぇ」
 烈火のごとく怒ると言うが、ありゃそれ以上だ。

「やぁねぇ、もー、ココロ狭いんだから」
 そうそう、猫の額ほどもないんだ。
 だから寄るなよ、猫とはいえ死人を出すのはごめんだからな。とよくよく言い聞かせておく。これだけ言っておいても、多分行くのだろうが、それならそれで自己責任というやつだ。あの時言っておけば、なとという寝覚めの悪い思いをするのはごめんだった。

 ともかく腫れ物に触るようにして過ごした三日月夜。


 カッツェの断言通り、月が変わってすぐ部屋から出てきた二人に猫耳としっぽは跡形もなく、すっかり元通りになっていた。
 結果良ければ全て良し。万事OKをモットーとする赤髪海賊団の一同は漢らしく事実を受け入れた。まとめて部屋に蹴りこまれた二人がナニをして過ごしたのか、追求する者など誰もいなかった。世の中には、知らない方が幸せなことがある…… いっぱいある…… フシギは、お頭だけで十分なのだ。





 一方、副船長は、真面目に反省していた。
 無闇な日に迂闊なことを口走るのは止めよう。
(この場合正確には口走らせるのは、だが船長の口をふさぐのは当然副船長の役目なので、それでいいのだろう)
固く心に誓った副船長が次の港で一番に買ったのは、太古からの伝統ある暦だったりする。
 古いお祭りももれなく記載してあるそれは、船長殿にも好評で、ほどなく赤髪海賊団の年末のお買い物必需品リストに加わった。古い暦はちょっと変わったイベントが満載で、毎日でもイベントを発動させたい赤髪海賊団にはぴったりの代物だったのだ。






2006.1.6





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