さ く ら 】     
      



 それは、この季節恒例の酒宴の果て。
 赤髪海賊団は、大頭を筆頭に飲兵衛揃いだ。
花見酒が飲めるという口実を求めて、わざわざイースト・ブルーをめざすほどの。
 その宴が半端なもので終わるわけはなく、というより、そもそも終わるわけなく、いったん始まった宴は深更に及び、空が白みかけるまで続くことすら珍しくはない。
そしてかなりの確率で最終局面まで残っているのだ。この赤髪の大頭殿は。
当然、副船長を寝かせてくれるわけもなく、最後までつきあった挙げ句ベッドまで運ぶのが慣例となりつつあった。



 「シャツくらい脱いで寝ろ」
 肩を貸せば何の遠慮もなく、きっちり全体重を掛けて乗っかって下さった船長殿をベッドに落とし、諦め悪くも一応声を掛ける。
「めんどーくさい」
あっさり返された一言に、既に諦めの境地にある副船長は口とは裏腹に世話を焼く。
シャンクスのシャツの前をくつろげカルソンを脱がせ、ドアのところで力尽きたサンダルを拾い集める。



「こら、まだ寝るんじゃない、髪に花が」
 この夜の落花は格別みごとで、世界中を埋め尽くさんばかりの勢いで落ち続けた。
当然のこと髪にも服にもついている。シャンクスは寝転んでいたのだからなおのこと。
髪の毛にすきこまれたように花びらはくっついていた。
 白と紛はんばかりの薄紅から濃い紅までのグラデーション。
中には臙脂に近い緋桜まで混ざっている。
「…それでも、あんたの髪には紛れようもないがな」
 どんなに赤い花でも、あんたの髪ほどは赤くない。
 どんなに鮮やかな花でも、あんたほどには鮮やかでない。



  口には出さずに独り言ちれば、
「寝ろよぅ」
 寝苦情というまんまの頑是無さでシャンクスの拳がベンの胸を叩く。
そうして引っ張る。

「俺が眠いんだから、おまえも寝ろ」







 
「…あんたは俺を甘やかす…」

 ぽつりと呟けば、

「へえ」
 シャンクスの眉がおもしろそうに上げられる。からかうような目は、細く眇められたままだ。
「異な事を聞くもんだ」
「世間の風評ってヤツはその逆だぜ」
 赤髪の船の副船長は大概船長に甘い。
めろめろだってのが世間の通り相場なんだがな。


  海賊頭としてはかなり嫌なはずの風評を平然と再現しつつ、シャンクスは副船長が座った椅子の脇に立つ。
「俺もそう思うぜ」
 卓についた副船長の肘をどけ、その体と机との間に回り込む。
肘掛けのない簡素な椅子は、そのまま副船長を拘束する器具となる。
「おまえ、なんだかんだ文句言いながらでも、俺が本気でやりたいことはやらしてくれるだろ」
「止めさせたいって顔には書いてあっても、俺がマジでやるって言や止めやしないんだ」
 おまえがストップ掛けるのは、どうだっていいことだけだ。




 「止めて聞くタマか、あんたが」
「あは、聞かないな」
「聞きもしないのに止めだてしてお互い嫌な気分になったり手下達を動揺させたりするくらいなら、あんたのやりたい通りにさせた方がずっと良い」
「やりたい通りに?」
「ああ」
「思う通りに?」
「ああ」



 仇めいたやりとり。途切れることなく続く問いと答えの間で、ベックマンは充たされていた。
 繰り返される単語は、なにであってもいいのだ。

 己に問いかける言葉がある。
 己の返答を待つ者がいる。


 言いなりでもなんでもいい……
あんたがやりたいようにやって滅ぶなら――― 
ともに滅ぶだけだ。俺はあんたの副長なんだから。

 あんたの傍は心地良い。波のように打ち寄せるこのバイブレーション。
存在全体で「おまえがスキだ」と言われているようなこの感覚。
酒よりも何よりも俺を酔わせる。
そうさ、あんたの傍にいられるなら、酒なぞいらない。









  いつのまにか一本だけのシャンクスの左腕がベンの背に回されている。
「俺が望むとおりに?」
「御意」





 なんだよ、それ。ひでえ言いぐさだな。
  回された腕の先の先、中指の爪がベンの首を刺す。
ちろりとのぞかせた赤い舌が閃くようにベンの耳朶をかすめていく。 
追いかけて、すう、と口元に指を降ろせばちろりと赤い舌が応える。
 にぃ と横に開かれた口元に、薄くはかれた笑み。
そこに表れた獣じみた欲望の凶悪さ――
 今は、ただベンだけに注がれる獰猛な意志。





  オマエガホシイ
 オマエガヒツヨウダ
 オマエヲオレニヨコセ
 オマエノスベテヲオレニ……







  胸を突き出し、喉を反らしてその身を曝す。
 いっそあどけないまでに真っ正直な欲望。
 肉食獣の仔が口を血塗れにしたまま擦り寄ってくるような媚態。
 シャンクスのこんな顔を誰も知らない。
 シャンクスがこんな面を見せるのは、この男に対してだけだ。






 それでいい。それでこそいいと思い定めて俺は来た。
 炎の中、この左手を取った時から、この紅い獣の全てを受け容れると誓った。
病めるときも健やかなるときも死が二人を分かつ時が来ようと。






 動かない男に焦れたように、シャンクスが喉を鳴らす。
その唇の求めるまま口腔を貪り…

 あんたの意志が俺にとっては全てだ。あんたが俺をこの世界に繋ぎ止めている。

なのに……
 時々、あんたを毀してしまいたくなる。



 俺を置いていく、俺以外のヤツを見る、あんた――
 知っているくせに、あんたがいないと俺は…


……それでも……
 あんたの思い通りにする、思い通りにさせてる。
そう思うことで、そう思えることで、俺がどれだけ救われているか――、多分あんたは知っている。

この白花――
 人を、ベンを引き寄せて止まない芳香を放ち、泥にまみれようともあくまで白い花びらを惜しげもなく差し出し、ベンの前に身を曝す――
 中心の真っ赤な蘂を隠すことなく立て、虚空に揺らめかすこのいやらしくも艶な花から逃れることなど…… 
 ……できるはずがないのだ。誰にも。


 うっとりと半眼になったシャンクスの、鼻の頭に浮かんだ汗を指先で拭いつつベンは思う。
何度目何十度目何百度目かのそれを飽きることなく。
 証立てるのは、己の心。賭けるものは、己の命。
チップを惜しみはしない――








2005.4.9




☆ えーと季節ネタです。
なんとか満開の時期に間に合いました。
いちゃいちゃしてるだけなのは仕方ないんです。
私の好きな方々が描いた桜の場面はみんなこんな感じだったんですもの。
で、それが好きなんですもの。ということで、お許しください。
そうして、桜の品種に関しても突っ込まないでくださいませ。

今回ネタにさせていただいたのは河野 裕子氏の
「わが胸をのぞかば胸のくらがりに桜森見ゆ吹雪きゐる見ゆ」
(『桜森』)なんですが、
副にとったら在原 業平でしょうか。
「世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」
(『古今和歌集』)

タイトル考えるの面倒で安直に付けたのですが
「さくら」って流行ってたんですね。
でも、時間がないので元のままです。
すみませんm(__)m



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