| 【 合歓の木 その後 】 |
からからと莢がなる。 合歓の木の花の刻は終わり、種を付ける時期が来たのだ。豆科植物らしく莢のうちに。 そして今、濃茶色に枯れたそれは風に揺れる。 一つ一つの立てる音は小さくとも、幾十、幾百と集まれば、かなりの音となる。それでも騒々しくないのは、音が全て天空に向かって抜けていくからだろうか。二人とも、それなりに心地よい音として聞いていた。 |
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「あれだけの花が全てこれだ、すげえよな。 もう少ししたら、あの種がはじけて、来年にはちびっこいネムが増えるんだ」 「ネムでさえ子孫を残すか」 「何だよ、気にしてんのか」 「いいや、堅気の人間ならいざ知らず、海賊にそんな配慮は必要あるまい。 陸を離れて海で生きると決めた時点で、子や孫に囲まれて過ごす平穏な日々は諦めたはずだからな」 「分からんぞ。がっぽり財宝を手に入れて、きれいなオネエチャンと楽しく過ごすとか、とびきり気の良い娘が押しかけ女房になってくれってこともあるかもしれんじゃないか」 なんたって、世の中“絶対”ってことはないんだからな。 にぃと、上目遣いに赤髪の船長は己の副官を見上げる。まさしく見上げると言うしかない体勢だ。シャンクスは、ベックマンの膝の上に乗っかっているのだから。 |
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「…あんた、意地悪だ」 「ああ」 「いぢめっこだったろう」 「ああ」 「ひどい男だ」 俺がこんなに執着してると知ってるくせに。ガキ一人救うのにこの腕やっちまうなんて… 後ろから、長い指が左の肩から上腕へのラインをたどり、傷口に口づける。はだけられた胸元が寒い。 |
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「ああ、そのひどい男が好きなんだろ」 嘯いてやれば、悔しそうに唇を噛む。 でかい図体に似合わぬ、子どものようなそれに、思わず笑いそうになる。 縋るような目をしていた、でかいなりした小さな子ども。 求められていることにすら気づいてない頑なな子ども。 …ムリもないやな。 どいつもこいつも、おまえに分かるように言わなかったんだものな。 いくら想おうと相手に届かないのなら、それはほとんど意味がない。 好意も愛も無意味におまえの周りを流れ去るだけ。 おまえの中には届かない―― 俺はうまくやっただろ? おまえに告げて、そして待った。 おまえが得心するのを。おまえが俺と抱き合いたいと想うまで。 どっちが上か下か、なんてなぁ、そんなこた些細なことだ。 一心に自分だけを見てくる瞳も好きではあったけれど、それでは、おまえは救われない。俺だけじゃダメなんだ。 おまえには、おまえを信頼しておまえを頼りにしておまえを必要とする人間が要るんだ。 俺だけしかいなければ、おまえはいずれ俺を憎むようになる。 自分を支配する人間として―― 俺を求めつつ、失うくらいなら、と、その前に壊そうとする。 そうして、自分も毀れるんだ。 そんな姿は見たくない。 来いよ。世界は十分広い。 おまえと俺がともに幸せに生きられるくらいにはな。 |
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知っていた。 あんたが待っていてくれてること。 俺があんたの隣に行くのを、何も言わずに待っていた。 そんな日は来ないかも知れないとは微塵も思わず待っていてくれた。 今も待ってくれている。そう思えば、俺にルフィを恨む資格など無い。 待つのは嫌いだと言いながら、あんたほど待つことに長けた人間を俺は知らない。 俺を待ち、ルフィを待ち、やがて来る幾千もの明日を待ち――今日も明日も、あんたにとっては等しい―― あんたは我が儘で尊大で、けれどその分、他人の我が儘にも寛大だ。どのような想いであろうと、否定したりしない。 |
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「「……もう少し自分を大事にしてくれりゃな」 思わず本音を漏らせば、たちまち唇を尖らせてくる |
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「大事にするってな、誰かの言いなりになるとか使わないようしまい込んでおくってのとは違うんだぞ」 ――だろうな。 あんたを見てると、よっく分かるよ。 惚れてるのなんのと、やたら言いまくって、ようまぁこれだけ言う事聞かずにいられるもんだ。俺のこと、アイしてないんだろう。 「心外だ。こんなにアイしてるのに」 ぷうと頬を膨らます船長殿のお顔はまるきり頬袋を膨らませた齧歯類のようで… 「ああ、分かった分かった。ほら、そんな顔してると黒猫に囓られるぞ」 |
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分かってるさ。あんたがアイしてるものは余りに多くて、妬いてる間もなくて、気がついたらあんたの好きなモノは、俺にとっても大事なものになってた。あんたを好きなのとは、全然別の―― 口になど出していないのに、ここまで思考を辿ってベックマンは激しく赤面した。 「どうした、ベック。顔が赤いぞ」 「…なんでもない。 人生の不条理ってヤツを、しみじみ感じていたところだ」 「へぇ、で、不条理ってヤツは正せたのか?」 「いいや、そもそも正せないからこそ不条理というんだろう」 少しは利口になったじゃねぇか、ベック。 変えられないものは受け容れるしかないんだよ。 あんたがそれを言うかね。 俺は身の程を知ってるのさ。 自分の心さえそうそう変えられないのにさ、 まして他人の心なんて、変えようがないだろう? 変えられるなんて思うヤツぁ、阿呆だ。 ……そうだな、あんたは他人の心を操ったりしない。変えるのは、当人だけ―― 正しい言説だ。 ――けれど、あんたに会う事で変わるヤツは多い。 あんたを見て、あんたに見つめかえされて、なお変わらずにいられる人間などそうそう。いはしない。 それこそが、“赤髪”の伝説の真実―― |
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「まるで俺のせいみたいじゃんかよ。それって俺のせいかよ」 「そうだな、あんたのせいじゃない…」 あんたは何もしてない… けど、あんたのせいだ… 「あんたに見られ、あんたを見たら、変わらずにはいられないってことさ」 この俺が、いい例だろう? 男の長い指が頤から喉元の線をたどり、喉仏で停まる。男のそれに比べれば緩やかなカーブを指の腹が押さえて、動きを封じ込め撫で上げる。 剣呑なそのコースを、シャンクスは平然と受け止めた。 |
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「死の時には安らいで逝けると思っていたのにな。 あんたを置いて逝けるもんかって気になっちまった。あんたのせいだ」 「おまえの国の神サマは狭量だからな。 てめえの身をてめえで始末することも許さないんだったな」 「で?後悔してるか」 「まさか」 出口を封じ込められ、身動き取れない日々からこの身を引きはがしてくれた、 名を与え、生きることそのものを教えてくれた。 「あんたは俺をどうしてもいい」 「止せやい、ヒトをヘンタイみたいに。それほど悪趣味じゃねぇよ」 「だろうな」 どれほど多くを与えても頓着しない。だからこそ、与えられた者は…… 左腕を与えられた少年は、シャンクスを追ってきたではないか。この広い海を、迷うことなく真っ直ぐにシャンクスをめざして。 ――だからといって、渡す気などないがな。 |
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「まったく、船長と副船長がうち揃ってどこへ消えたかと思えば」 当てこすりを十分以上に含んだヤソップの言いように 「すまん、つい」 あくまで下手に出つつも悪びれない。 まぁ太平楽に眠りこけている船長を膝の上に抱えていては、下手に出るしかないだろうが。 「もう半時もしたら必ず戻るから」 「ああ、ぜひともそうしてもらいたいね」 口をへの字に曲げるヤソップに、片手を挙げて謝意を伝える。 「まったくっ 可愛気が無くなったもんだ」 そうして、ぷんむくれつつも足音を潜めて、もと来た道を帰っていくヤソップの背中に声には出さずに呟いた。 あんたにだって感謝してるよ。赤髪海賊団のみんなにも。ここでの暮らしは俺を生かす。 たとえこの日々が他の海賊の流した血によって贖われ、その命を贄として成り立つものであったとしても。かまいはしない。何を踏みつけにしても犠牲にしても、この腕の中の温もりを離すつもりなどない… 己が輪郭を際だたせる冷気とシャンクスに触れている部分から伝わる心地よい温もりに共に酔いながら副船長は己の幸福を噛みしめていた。 |
副船長は忘れていた。 或いは、忘れたふりをしていた。 海の男達さえ肌寒く感じ、人肌の温もりが恋しくなる日に、 猫がそうでないはずはないことを。 |
かくて、「何があっても離すつもりはない」の‘何’のトップランクに、 Felis Catusの名が大書されたのだ。 副船長としては‘秘やかに’にだったが。 丸見えだ〜とは、外野からの評である。 |
| 2004.10.9 |
☆ タイトル考える余力がないので、 取りあえず「合歓の木 その後」まんま、です。 手を付けた頃はまだ暑かったのに、最近はすっかり肌寒くなりました。おかげで「こいつら暑苦しい!」と思ってたのが、 気候的にはぴったりに(^_^;) とろすぎですね… もう少しエンジンかけてがんばります、はい。 |