【 泰山木 】     
      




 こんっ

と、何かを蹴る音が響いて、
「なんだよ、これ」
 続いて声が聞こえてくる。
 拾い上げて、じいっと見ている様が見えるようだ。

 シャンクスの碧の目が真ん丸に見開かれてる様を想像して、ベンは思わず笑いをこぼした。
いい年――じき不惑だ――を目前にしてなお旺盛なその好奇心を褒めるべきか、何にでも手を出すその警戒心の無さを諫めるべきか――
 忠実なる副船長は決めかねつつも、読みかけの書物を諦め、椅子から立ち上がった。


 なんとなれば、あのような疑問符が発せられた以上、次に来るのは、



「ベーン、ベンベン、副船長ーー」
 船長殿からのお呼びであるのは間違いないのだ。
それはもう予知能力も何も必要ない。あらかじめ決定されたことである。
 ノックも無しに飛び込んでくるであろうシャンクスのためにドアを開いた、
その隙間から足が突っ込まれた。
どうやらノック無しどころか、足でドアを蹴り開けるつもりだったらしい。
 さすがにたしなめようとしたベンの鼻先に白い塊が突きつけられる。

「ベン、これ、何だー」




 花径二十センチになろうとする真っ白で大きな花。
片腕では持ちきれず、ずり落ちてくる花をシャンクスは勢いよく卓上に置いた。
置いたというより、落としたと言った方が正確かもしれない。
 枝自体は一本だけなのだが、なにしろ花が大きく、ついている花の数も一つや二つでない。
よくまぁ、持ち運ぶ気になったものだ。
切り口は当然のこと剣ではない。
いったい誰が切ってやったものだか。
まぁ、シャンクスに頼まれれば、あっさり引き受けそうな顔ぶればかりではあるのだが。
 

「あ、持ち込んじゃマズイ?」
 少しは学習したらしい。
窺うように、ベンを見る。
ちらりと上目遣いに見上げられては、怒るわけにはいかない。
「アンタ、いくつだ?」と突っ込みたいのを押さえて、平静に対応する。

「いや、これは大丈夫だ。害はない」

「薬用としても定評がある植物だ。
確か中枢神経抑制作用と筋肉弛緩作用と殺菌作用が主な薬効で」


「ふうん、名前は?」

「泰山木。花や葉が大きいのを賞賛して付けられた名だ」

「でかいのを褒めたのか、おまえみたいだな」

「…ああ、あんたには大盞木のほうがいいか。盞=さかずきという意味だ」

 シャンクスがテーブルに置いたはずみにはらりと落ちた花びらをつまみ上げる。
横に向ければ、確かにそれは立派な盃だった。




「そりゃーいいな」
 とても素直に膝から下りる気配。

「おい?」

「酒あんだろー」

 えーっと。確か、ここいらに。

 人のキャビネットの中を勝手に開けて家捜ししてくれて… まったく、この人は。

「ん、これこれ」

 おまけに嗅覚もすばらしい。
酒の中でも一番値打ちのあるヤツを選び出している。

 何がこれだ、それは高かったんだぞ。
 数も限られていて、次のができるのは一年以上先で、
だから、ぎりぎり一年後までは開けずに我慢するつもりだったのに。


「そいつぁ、了見違いってやつだ、ベックマン」

 至極真剣な顔で、シャンクスは諭す。
「美味いものは、美味いときに賞味してこそだ。
一年後なんて生きてるかどうかすら分からんじゃないか」

「…そうだな」
「そうだっ」


……うまく言いくるめられた気がしないでもなかったが、
この手の言い合いでシャンクスに勝った試しはないのだ。
ベンは素直に白旗を揚げた。

 花の盃を捧げ持ち、極上の酒が放恣に注がれるに任せる。
上機嫌のシャンクスが、ともすれば溢れさせようとするのを制止し、その口元に運んでやる。
 呑みやすいよう斜めに傾けてやるところが……
 行儀悪くも音を立ててすするシャンクスの前髪が、ベンの鼻先で揺れる。


「うまい。おまえも呑めよ」
「ああ」

 おまえの酒は俺のもの。俺の酒も俺のもの状態でも、
独り占めしようという気はないシャンクスだ。
鷹揚にベンの持つ“盃”に酒を注ぐ。


 花の盃に満たされた酒は、確かに美味だった。
花の香りは結構強いのに、酒の味を損なってはいない。
むしろクセのない酒の味を引き立てていた。



「こんな美味いんだ。昔の人間も、きっとこの花を盃にしたんだろな」

「あるかもしれんな。泰山木は、地球上でもっとも古い花の一つだからな」

「へぇ、花に古いとか新しいとかあんのか」

「ああ、昔、ヒトがまだ出現する以前には、花を咲かせる植物はなかったんだ」
「たとえば恐竜がそこらを歩いていた頃には、羊歯とか蘇鉄とかの仲間ばかりで」

「そりゃー、ずいぶん淋しい話だな」

「ああ、ずいぶんと殺風景な光景だったろうな。
そんな中、初めて花を咲かせる植物として登場したのが泰山木の類なんだ」
 辛夷とか木蓮とか朴とかも、だいたい同じ頃花を咲かせるようになったらしいがな。


「そっかー、仲間がいたんなら、いいよな」

「ん?」

「だって、
世界で初めての花って、世界でたった一つだけの花だろ。
淋しいじゃないか」

 種類が違っても、仲間がいれば、ちっとは違うじゃないか。

 真顔で言う。

 ベックマンは「花もない淋しい光景」という意味で話していたのだが、
シャンクスは世界にたった一つだけ在る「花の寂しさ」を関知していたらしい。


「どうかな、案外さっぱりしてたのかもしれんぞ」

「そうかもしんないけど、仲間の花を見たら、気が付くと思うぞ。
今まで一人だったんだなぁって」

「一人じゃなくなったからって、喜ぶとは限らんだろう」







「いやに暗いな、おまえ。なんかあったのか」

「いいや」

 何もない。
何もなくとも、拘らずにはいられない。
花、と言われれば。
 世界にたった一つの、鮮やかな赤い花を
この手のうちに抱え込もうとしている自覚がある以上は――

 この花にとっての幸せは、
 果たして己の腕のうちにあるのだろうか…


「あんたを望む人間は多いから」



「…けど、俺が選んだのは、おまえだよ、ベン・ベックマン」

「ああ、知っているよ」



「いつだって、俺にとっては、おまえこそ花だよ」



「…そりゃ、どうも」

 シャンクスの発想が突拍子もないのは重々承知している。
が… この手の発言になんと対応すればいいのか。
いつまでたっても慣れないベックマンだった。
 シャンクスがごく真面目に、ごく意味真剣に言っているのは分かる。


 けれど40近い男に、その言い様は無いのではないか。
昔――そのように言われたこともあったけれど、
あれはもう二〇年近く昔、シャンクスに出会う以前のことだ。






 落とした視線が、己の手をとらえる。
日に焼け、海賊としての日々の結果として硬く節くれ立った手。
誇りにこそ思え恥じたことはないが、花という語には相応しくないだろう。
船長殿には国語教育もしなくてはならないのだろうか。
密かに思いめぐらす副船長のココロのうちを知ってか知らずか、シャンクスはつと指を伸ばした。


「おまえは最高の花だよ。俺が手に入れた一番の値打ちものだ」
 その指は迷いなくベンの顎のラインに当てられてる。
尖り気味の先端を擽るように押した後、すうと耳の付け根に移動する。
最初は左に。続いて右に。
 耳朶のごく柔らかな部分のすぐ傍。
触れるか触れないかの距離にシャンクスの指がある。
 その事実は、ひどくベンの意識を揺さぶった。






 シャンクスの指。
 剣を握る指。
 容赦なく人の命を絶つ指。
 敵の血にまみれ、血腥い香りをまき散らす指。
 この世で唯一つ
 ベンの背を傷つける指。
 





 吐息が漏れる。
 隠そうと閉ざした瞼に、濡れた気配を感じて開けば、
目の前にシャンクスの碧の瞳。
してやったりと言わんばかりの口元……



「ったく」

 分かってはいても、否やはないとはいえど、
十八番になってしまった溜息が漏れる。

「あんた、いつからその気だった?」

「最初っから〜」

 堂々と言ってのける。



「だって、んなもん転がってるから」
 くすくすと笑いながら、結んだシャツの左袖を指さす。
ほどいてみろという無言の強制に袖口を開けば、転がったのは一個の果叢(かそう)。

「これって、おまえみたいだろ、ほら」

 ふっくりと膨らんだ方を握って、にぃと笑って寄越す、
その“おまえ”は、当然顔だの足だのではなく――
 ベンは肩をすくめて、“それ”を受け取った。







2004.7.22






 ☆ ナニやってんでしょう。私…
 たったこれだけのSSに十日もかかってしまいました。
 おまけに、びみょーな所で逃げてるし(^_^;)
 すみません、エ○書くには体力がいるんです。
 また出直してがんばりますので〜



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