【 Silk Tree 】     
      




気持ちのいい朝だった。
雨上がりで、まだ空気は湿気を含んでいたが
気圧は回復しており、日が昇るごとに湿度が下がっていくのが分かる。
風はひんやりとしており、肌寒いくらい。
つまりは寝坊するには最適の朝だった。
この場合、寝坊を二度寝と言っても惰眠をむさぼると言っても何ら差し支えなかったろう。




そんな朝に
赤髪海賊団の船長シャンクスは夜明けと同時に起きてきた。

「えらい早起きだな 」
こちらはいつも通り早起きの副船長は、冷やかすでもなく冷静に処する。


「なーんか目が覚めちまってな」
眠いーー 

シャンクスの足取りはたいそうふらふらしたものだったが
ベンは心配などしてやらなかった。
宵っ張りの朝寝坊と思われているこの頭が、その気になれば
いつであろうと即座に目覚めるのを彼は知っている。
ただ、いつその気になるか、余人には見当もつかないだけだ。
当然、ベンにも予想はできない。
もしかして、シャンクス自身にも分からないのかもしれない。






「なぁ、あの桃色のヤツ、あれ花?」

頭上を指さして聞く。
ベンが知らないと言うことなどありえないと言わんばかりの態度だ。

確かに知っていた。
シャンクスが指さした先には、丸まったままのピンクの蕾があった。
これなら、特徴ある羽状複葉が無くとも分かる。

「ネムだ」
「ネム?」
「ああ、眠の木だ。夜には葉を閉じてしまうのでそう呼ばれている」
「その蕾は、もうじき開くはずだ」
「silk treeとも言う。花が開けば、英名の意味がよく分かる」

「ふうん♪」

    

「よっと」
シャンクスは身軽に近くの岩の上に上がる。
そうすると樹冠に近くなり花を間近で見ることが可能だ。


朝の光の下で、折り畳まれていた雄蕊の花糸は、ゆっくりと伸びていく。
さながら線香花火のように。それとも――  □□ のように。


シャンクスは息を詰めて見つめている。
小揺るぎもしない集中力はいっそ見事だ。
塊としか見えなかったそれは蠢きながら解けていく。
くねくねと薄紅のおしべはうねり、うなだれているだけだった先端もぴんと力強く反り返る。

ほんの十分あまりで花は開いた。開ききった。
上半分は紅色、そしてそこからグラデーションで次第に色を失い白くなっていく。
空気の微かな揺らぎに押されて揺れながら、伸びきった蘂(しべ)は一直線だ。


気が付けば、そこにもここにも、樹冠の葉叢上に点々とピンクの花が散っている。
一つの枝にいくつ付いているものか。緑の葉を覆い隠さんばかりの勢いだ。
それでも鬱陶しさは無い。やはりこの色合いと細さがなせる技だろう。




「きれーだぁ」

おそろしく素直な感嘆の声が漏れた。感に堪えたと言うに相応しいそれ。
ベンは知らず、苦笑した。
派手な赤い髪の、いい年した男が、薄紅色の花を眺めて言うセリフではない。
けれど、シャンクスはいっさい気にしなかった。

彼にとっては金銀財宝や宝石も、綺麗という点ではこの花と等価なのかもしれない。


「こんなぐるぐるのヤツが、こんなピンと伸びるなんてなー」
綺麗だとみとれたその口のしたから、指先でつんつんつつき出すところがシャンクスだ。
力は入れてなくとも、シャンクスの動きが巻き起こす風で花が揺れる。

「蝶の翅だって、そうだろ。羽化する前ってのは、ぐちゃぐちゃなもんだ」


形になる前の混沌。未だ定まらぬ時期の仄明るさ。
危うくて、けれどその分、見る者を引きつけずにはおかない…




「あんたの毛も、そうだな。開く前のネムのようだ」

口を耳に寄せて囁けば、


「スケベ野郎♪」

楽しく蹴りが返される。

「こんな爽やかな朝になんてぇことを」

「スケベ野郎は嫌いか」

「嫌いじゃねぇがな。今はいらん」

「残念だ。入り用になったらいつでも言ってくれ」
本音だったりする。
白いシャツに、細くて薄いグレーの影を落としている様は
なんとはなし副船長の目だけでなく、別の部分も刺激したらしいのだ。

「言ってろ」






「ンなこちより、今日はネムの花見だ」

「花見って、あんた。桜とは違うんだ、夜には落ちてしまう花だぞ」

「なーに、夜になる前にやりゃいいんだよ」


「コック長に言ってくるーー」


すっとんでいく船長殿を止められる者などいない。
有能なる副船長は肩をすくめて、その後を追った。
開けてしまってもさほど痛くない酒類の数を確認しつつ。





風が心地よかった。
空は、どこまでも青く高い。
花の色は空の青に溶けこみ、ただ緑の葉の中で揺れていた。






「仮にも海賊が」
肩をすくめつつ、呟く。
「朝っぱらから宴会か。モーニングティでもあるまいに」




けれど――

真っ昼間の宴会は、きっと楽しいものになるだろう。
副船長の片頬に浮かんだものは、はっきりとした笑みになっていた。






ちなみに……
こと散りぎわに関しては、ネムノキは桜の対極にある花である。
早々に地に落ちて土の色と同化するものもあるが、大概は
萎れて茶色く色褪せ、丸まって縮こまってもなお花殻として枝にしがみつく。
それら堕ちた花の姿を盛りの時期のネムと重ねられる者は、そうはいまい。




その事実を知って(見て)
「おれぁー、ンなオソマツかよっ」と
シャンクスが拗ねたとかいじけたとか…
正確なところは誰も知らない。







2004.6.15






 ☆ 初心に返ろうということでネムノキに登場願いました。
    Silk Treeというのは、ネムノキの英語名です。
   「ネム流し」とか使えそうな行事もあったのですが
   長くなりそうなので割愛。
   副船長のむっ○りスケベがありありと〜 (^^



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