【Chocolate】     
      





「しっかし、海賊がこんなに温泉好きたぁ知りませんでしたよ」
 気が緩んできたのだろう新入りが口火を切った。

「そりゃ違うな」
 同じく新入りの、けれど幾分年嵩の分他の海賊団を知るヤツが修正を加える。
「海賊が温泉好きなんじゃない。赤髪海賊団が温泉好きなんだ」
 ついでに宴会好きでもある。
 獲物がでかかったと言っては騒ぎ、
思ったよりシケてたと言っては憂さ晴らしに騒ぎ
(もっとも、そういう事態はほとんど無い。
優秀な副船長の情報収集能力のおかげで)
多分、各港の酒屋や居酒屋のお得意さまリストの上位に載っていることだろう。
 また、赤髪海賊団の場合、面倒事はほとんど無いときてる。
美人が侍れば拒まないし、金払いも良いから女達の受けも良かったけれど、女がらみの揉め事はまず無い。そこは、船長及び副船長の意向がきっちり徹底されている。
各港の娼館、妓楼のお得意さまリストにも上位に載っていることだろう。




「無闇に危険を冒すこともなかろう」

 慎重派でなる副船長が宣う。

 空の色は鈍色だ。雲の動きも速い。
ずいぶんと遠くをだが、大型の低気圧が移動しているのだ。
突き出た岬に囲まれた湾内は穏やかだが、沖はさぞや荒れているだろう。
そして、避難が間に合わなかった船は、さぞや翻弄されているだろう。





「よくまぁ嵐が来るなんて予想できましたねぇ」
「あんなに上天気だったのに、さすがお頭」

 感に堪えぬと言わんばかりの声が上がり、
若手船員達の首が一斉にこくこくと縦に振られる。
まだ…赤髪に幻想を抱いていられる連中なのだろう。


「とーぜんだろ、俺を誰だと思ってんだ」

 褒められるのが好きなシャンクスの機嫌もたいそう宜しい。
反っくりかえりそうになっては傍らの副船長に湯の中に漬けられている。


    

「湯冷めするぞ」
「だー、なんか勝手が違うんだもんよ」

 副船長の腕にしがみついて喚く。
せっかく賞賛いただいたというのに、船長の威厳はどこへやらという感がある。
 温泉なら馴れているはずのシャンクスも、ここの浮力には閉口している。
まごついているのはシャンクスばかりではない。
全員何となく浮き気味なのだ。
重量級を誇るルゥでさえぽっかり浮いている。
泰然としているのは、胡座を組んだ副船長くらいなものだ。


「何でお前だけ平気なんだよっ」
 蹴り蹴り蹴りっと己の太股を蹴り付けてくる足を受け止め、
副船長はずんっと湯の中に押し込む。

「塩っぺー」
「当然だろう、海中泉なんだから」

 ちゃんと説明しただろう、
呆れたように溜息付く男からはそっぽを向いて、シャンクスは言い返す。

「分かってらいっ。分かってるのと驚くのは別なんだよ、この唐変木っ」

 温泉だからと言ってしっとりしたムードになど、なりそうにない……
せっせと海図を読み、上陸の手配をした副船長の苦労を知っている幹部達は、心中深く深く同情の念を表明した。



 が、当の本人はたいして残念がってる風でもない。
喧しい上役に対しても礼儀正しく、傍らの岩棚に置いた冷たいカラム水など進めている。世の管理職たる者、このような部下が手に入るならばと夢に見そうなものを、シャンクスは平然とこき使う。
 最初はウェイター、ついで寝枕に。

 気が付けば、シャンクスはベンの右肩に頭を乗せて船をこいでいる。
ベンの支えがなければ、湯面に突っ伏してしまいそうだ。

「あーあーダウンしちまったか」
「お頭、眠るときも唐突だからなぁ」
 起きてるときは目一杯動き回る。
その代わり寝入るときは倒れるように寝てしまう。



「今回、気圧の変化が急だったからな、疲れたんだろう」
 副船長は当然のことのように船長を抱え上げ、器用に大きなタオルを巻き付ける。

「俺たちは先に出るが、お前らはゆっくりすればいい。
酒も肴もたっぷりあるはずだ」

 湯当たりにだけは気を付けてな。
そう言い捨てて立ち去る副船長に労いの声がかかる。
 半分は笑いと共に。半分は真剣に。



「おーおー過保護だこと」
「大変だねぇ。ずぼらなコイビトを持つと」
「まー、いんでないかい」
 ぽりぽりと鼻の頭をかきながら、“お父ちゃん”は明後日の方を向く。
「お坊ちゃんが、一緒に風呂に入るのも入らせるのも平気になったんだ。たいした進歩だぜぇ」
「進歩ねぇ、進歩って言葉は四十になろうかって野郎にも適応されるのか?」
「かまわんだろう。ほら、あれだ。人間一生成長するってな」
「どう成長すんだ」

 …という辺りから、話は堕ちに堕ちていくのだが、男ばかりの集団がそちらの話題に熱中したとて誰に責められるものでもない。唯一警告を発しそうな副船長はこの場にいない、とあって、若手達は一夜にしてたいそうな学習を積むこととなった。実践はともかく知識ポイントだけは突出してアップしたことだろう。



 
 海中泉からほんの少し歩いたところに、崖を利用したテントが張られている。
野牛の皮を利用した軽くて丈夫なテントだ。
入り口は皮を垂らしただけの簡便なもので、こういうときは便利だ。
両手がふさがっていても差し支えない。

 テントのてっぺんにはちゃんと空気抜きの穴が空いており、岩を積んで作った炉は、大鍋に湯を沸き立たせている。
雨を避け風を遮るという点では十分以上のねぐらだ。
まして、炉の傍には籐で編んだ特大の寝台まであるとくれば、ヤソップならずとも「甘やかしすぎだ」と言いたくなったろう。
 ほんのりを通り越して匂う甘い香は、シャンクスが風呂に入る直前に所望したショコラーテの残り香だ。
普段なら甘ったるいと感じるだろうそれが心地よい。



「お頭」
 一応声は掛けた。
「う…ん…」
 唸るような反応こそするものの、シャンクスは寝惚けたままだ。
いったん半眼に開けられた目は、あっさりと閉じられる。
 体に付いた塩気を拭き取る作業は、当然のこと副船長に全て委ねられた。
 彼にも否やは無い。湯船の中で眠り込まれた時点で、織り込み済みの事態だ。
 拭きあげ、乾いたシーツの上に転がし、夜具を掛ける。
シーツの繊維が刺激になったのか、彼はうっすらと目を開けた。
いつもはきらきらと輝く碧の瞳が、ぼうと靄って柔らかい。

「…ベン」
「ん?」
「…気持ちいい」
「…そうか、良かったな」

「ゆっくり寝るといい。何も心配はいらないから」
「…ん」

 夜具の間から差し出された右腕にもう一度夜具を掛けてやろうとすると、そのまま頭をすり寄せられる。
濡れているせいで赤髪の色もいつもより濃い。
その色のせいか、彼は幼げにさえ見えて――
ベンは思わずそのまま自分の胸を枕代わりに差し出した。
彼の眠りを妨げるものの無いように。彼の眠りが安らかであるように。
――ヤソップ達が見れば、「甘やかしすぎだ」と囃したてたであろうが、幸いなことに、ここには、二人以外誰もいない。
どのように甘やかそうが甘えようが、咎める者などいないのだ。



 知らず、ベンは微笑んでいた。
 類無き剣技の主。野生の獣の如き男が、他ならぬ自分の傍らで安心しきって眠る。その充足感は何にたとえようもなく――

 傍らの存在からは、柔らかい匂いがした。
ふやけた肌と潮の匂い――官能とはほど遠い……
 彼をこの手に抱くときは、もっとせっぱ詰まった香りが立ち上っているものだが――それがないことをさほど残念とは思わなかった。
 すり寄せられる温もりはとても重く、大切で、この腕の中にただ抱いていられるのが奇蹟のようで、今はただそれだけでよかった。
 己が腕の中に愛しい者を抱え込み、ベンが腕の中の者以上に安らかな寝息を立てるまで、さほどの時間はかからなかった。



――二人の眠りを邪魔する者はいない。
良く気の付く赤髪海賊団の幹部達は、きっちりと貼り紙をしてくれたので。


「近づくな!鱶のエサになりたくなければ」


 赤髪海賊団の面々は本当に面倒見が良い――







2004.2.13





☆ なぜか「ショコラーテ」
それは〜
一応バレンタインに間に合わせるべくがんばったSSだから〜
もう一つの理由は、今回書ききれなかったので、内緒です。
またコピー誌にするときに書き足します、ええきっと(^_^;)



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