| 赤に憑かれて |
| 【注意】 副シャンではありません。ご注意ください。 シャンクスがまだ若くて、ベンに出会ってない頃のエピソードです。 |
港町には付き物の一角。 薄汚れ、猥雑で、けれど、その分生命力あふれる地区。 ――歓楽街と呼ばれるそこを、私は気に入っていた。 ここしばらく勤務に追われ、寄りつかないでいる間に、街は色合いを変えていた。 港に船が入ったのだろう。 見るからに海の男という風体の男達で溢れかえっている。 それでも馴染みの酒場の扉を開ければ そこは私をも鷹揚に迎えてくれる。 紫煙に烟り、酒と料理の匂いが混じり合う。 場末の、と上に付けられそうな店だが、不思議に落ち着けるのだ。 バーテンを兼ねた主人も、詮索がましいことは言わない。 私はいつもの酒を頼み、念のため店内を見回す。 特に、一際賑やかな一隅を。 |
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そこに、彼はいた。 ざわめきの中心にいる赤い髪―― 見たのではない。 その赤は目の中に飛び込んできたのだ。 喉がひりつくようだった。 欲しい、欲しい、あの赤。 多分、私は見つめすぎたのだ。 見る能わずものを。 陽気に杯を干していた彼はふっと振り返った。 碧の目が、真っ直ぐに私を見る。 このような場所で、視線を合わせるのは危険なこと。 ガンを付けたと絡まれても、文句は言えない。 或いは… 「よう、一杯やるか」 或いは、誘いをかけたと取られるか。 私の性的嗜好はさほど偏狭でもなかったから、性別によって拒んだりはしなかったが、一夜の情事というやつはあまり好みではない。私が盛り場に求めるのは、純粋に己の立場を忘れていられる時間であり、性的満足ではないのだ。 なのに…… 私は掠れる声で応えていた。 「ここで?」 「別に場所変えたっていいぞ」 かし…シャンクス。 同席していた少し年嵩の男が制止にかかったが、それはもう遅すぎた。 私は既に引く気はなく、男――シャンクスもまたかけた誘いを反古にするつもりなどなかった。 私は、私たちは、容易く二人きりになった。 酒場の二階に移動しただけ、ではあるが。 一晩一緒にいて お互いの体を知り それぞれの手管というやつを知り尽くし そして、互いの名を呼ぶことを許した。 |
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歓楽街の朝は遅く、港町の朝は早い。 「きぬぎぬのっつー余裕もないか」 「すまん」 彼は金を拒まなかった。 テーブルに置いた札を素直に受け取り、ついでのように言った。 「……号は、いつ入港する」 疑問形ですらない、断定。 極秘裏に進められているはずのその航路を知っている。 思わず見つめた彼の、面白くてならないと言いたげな顔。 その時、私は自分がはめられたことを知ったのだ。 そう、引っかけられたのでさえなく。 間抜けなことだ。 「それを知って、どうする」 「欲しいものがあるんだ」 1つだけ。 そう言って、大仰に人差し指を唇に当てる。 そのまま、声には出さずに唇を動かす。 carte 地図 ……このとき、彼を捕らえてしまっても良かったのだ。 たかが一度寝たからと言って、言いなりになる義務など無い。 だが、地図さえ奪えば、あの船を止められる。 有り余っているわけでもない金を使って、あの船は伝説の宝とやらを探しに行くのだ。 自ら望んだ冒険ならいい。 だが、あの船に乗せられているのは、徴集された者達だ。 決定した奴らは、一人として乗り込みはしない―― だから、私はその出航に最後まで反対した。 最終決定が下された今も、賛同しかねている。 私こそが、彼を利用したのかもしれない。 いや、密かにそう思っていたくせに止められない私の立場というものを知っていたのか。 伝説の宝というのが本当にあるのなら…… それは、彼にこそふさわしい。 |
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「よぉ」 気軽に手を挙げ、声をかける。 「何をしている? こんなところで」 「そりゃ、こっちの言うこったろ」 言外に含まれている「……のくせに」 「見回りだ」 「こんな良い夜に?」 「良い夜だからだ」 穏やかな夜こそ、危険なのだ。 侵入する者にとっても、良い夜になる。 「野暮だねぇ」 あんた、もちっと粋な男と思ったんだけど。 「権力の犬というのは、野暮なものに決まっておろうが」 「自分で犬って言うかぁ」 あんた、やっぱり変人だ。 ……自分の立ち位置くらい分かっている。 それすら分からぬでは、経てきた年の意味がなかろう。 海から来るもの。 海から来て、海に去るもの。 夜光虫が彼の輪郭を象る。 暗い輝き。 触れた部分が暗くなる。 夜光虫が落ちる。 私が落とす。 「しょうがねえなぁ」 その声に、侮蔑はない。 ほら。 両手を広げて誘う。 この年で、若い海賊の体に溺れ この立場で、若い海賊に振り回され そんな情けない男をも拒まない 海のような男。 その全身からは、潮の匂いがした。 「コート、汚れちまったな」 もったいない。 屈託ない笑顔。 砂にまみれ、あらぬ物にもまみれ、どろどろになったコート… さすがにこれを手入れすることを考えると頭が痛くなるが 「敷物もなしでは、おまえに怪我させてしまうだろうが」 へぇ。 あんたのそういうとこ、好きだぜ。 背中から抱きついてくるその体勢に、けれど、色っぽい部分は皆無で 男として、いいさか情けなくならないでもなかったが 背中に預けられる温もりは存外に心地よく はねのける気にはならなかった。 よもや、この私が「人肌の温もり」などに惹かれる時が来ようとは…… |
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彼と会うのは、常に酒場の2階。 彼はいつも、そこで酒宴を繰り広げていて 乱痴気騒ぎに加わっている男達は大抵が胡散臭く 私を見ると、剣呑すぎる目を向けてきたが 知ったことではない。 私が懼れるのは、たった一人。 いない―― 「さっき二階に上がってったぜ」 いつもの部屋の前には人がいた。顔だけは知っている男。 シャンクスの部下の一人だ。 「ほんとにおとなしくしててくださいよ」 部屋から出てきかけた格好のまま、くどくどと注意し続けている。 シャンクスの声は聞こえなかったが、おとなしく頷くようなタチではない。 ふう、と肩を落とした男の、溜息が語っている。 けれどその顔が嬉しそうなのは何故だ。 「よぉ」 シャンクスは一人だった。 私を認めると、馴染んだ物言いで手を挙げる。 まとっているのは、 白無垢をまとって自堕落に寝そべる男―― 少年と言うにはいささか薹がたちすぎている。 しっかりと鍛えられた筋肉や視線の強さは、既に一人前の男のものだ。 だが、成人男子と言うにはその骨格はまだ華奢で、ガウンよろしく肩にかけた着物が、滑り落ちそうだ。 「それは、花嫁の衣装なのを知っているか」 「知んねー」 愛想のないいらえではあったが、そんなことで怯んでいては、この男の相手はできない。 ささやかな意趣返しに、剥き出しになった胸の飾りをつまみながら話を進める。 「例の件だが」 ふるりと揺れる肩に、少し溜飲が下がる。 「……の船は、あと五日もすれば、この海域に入る」 「そっか」 素っ気なく言うと、シャンクスは足を絡めてきた。 「まだ、時間はある。楽しもうぜ」 私に異議などあろうはずがなかった。 |
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世界政府が極秘裏に送り出した探索船が襲われたとの報が入ったのは、 それから3日後のことだった。 深い霧の夜だった。 善後策を講じるためでなく港に走った私の前に 「よう、お務めご苦労さん」 彼は、いた。いつもと変わらず。 その背後には、彼に従う男達がいる。 「頭」 「先ン行ってろ」 じき行く。 極上の飴玉になりうる言葉で男達を追い払い、私の耳に口を寄せて彼は囁く。 「気ぃつけな。上の方じゃ、今回の件の責任押しつける人間を捜してる」 反対派の急先鋒だった私など、かっこうの羊というわけか。 「ま、あんたが、そんな易々とやられるタマとは思えねぇけど」 にぃと笑って、背を向けようとする。 「行くのか」 「ああ、目当てのもんは手に入ったし」 行ってしまう、私の赤…… 「……もし、……私がおまえと一緒に行くと言ったら?」 「あんたは、そこまで馬鹿じゃねえだろ」 言い捨てて、にっと笑う。 光る目。 南の海より深い、碧の目。 「…… つまり、おまえにたぶらかされる程には愚かで、 おまえと行かないほどには利口なヤツというのが、 おまえの眼鏡にかなったわけか」 答えずに笑う。 喉仏を晒して笑う。 赤い魚。 その笑みを見れば分かってしまう。 自分がこの男の心にも体にも、何の痕も残していないことが―― 白い手が誘う。 剣を握れば仮借無い左が、この上なく優しく私に触れる。 「あんたとヤるのは、楽しかったぜ」 それは、嘘ではない彼の本心。 それでも…… ともに行こうとは言わぬのだ。 まして、ここに残るとは…… 「あばよ、将軍」 世話んなった。 後ろめたさの欠片もなく身を翻していく。 霧の海に消えていく。 赤い髪の 私の 私の ものなどではない。 彼は、海のモノ。 海に棲む―― 彼には既に海の落款が捺されている。 陸の誰の手にも渡らぬ。 それだけが 唯一の慰めだ。 |
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| 2003.10.18 |
| ☆ 「若さゆえの過ち」…じゃないような。 シャンクスにとって、「過ち」はないのでしょう。 多分…… 彼はやりたいことならやるし、 やってしまったことはしようがないとか言いそう。 しかし、「いいよる」を変換したら、初っぱな「言い寄る」って… 私は単に「良い夜」と書きたかっただけなんですが。 ATOK、気を利かせすぎ。つーか、無意識の願望を察知したのでしょうか。 |
☆ 今回のぼんのーのタネは、1つの歌と1つの詩歌からいただきました。 謹んで感謝を……されたくないでしょうけど…m(__)m ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 「酔ヶ浜」(作詞:阿木耀子 作曲:宇崎竜童)から 酒には肴が要る 浜には魚が居る 銀の鱗を光らせて 波打ち際で跳ねるのさ 今夜はどこの浜辺へ 泳いでいこう (中略) 明日はどこの浜辺に 打ち上げられる ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 「野分」(井上靖) 丈高い草、いっせいに靡(なび)き伏し、石らことごとくそうけ遠い山腹のあか土の崖は、昼の月をかざしてふしぎに傾いて見えた。 ああ、いまもまた、私から遠く去り、いちじんの疾風(はやて)とともに、みはるかす野面(のもせ)の涯(きわみ)に駆けぬけて行ったものよ。私はその面影(おもかげ)と跫音(あしおと)を、むなしく、いつまでも追い求めていた。ついに、再び相会うなき悲しみと、別離(べつり)の言葉さえ交わさなかった悔恨(かいこん)に、冷たく、背を打たせ、おもてを打たせ。 |