南のCrisantemo  
      








「よっしゃ、港に入ったぞ」

「気を抜くなよ。お楽しみは目の前だ」


全船が沸き立っていた。

小規模な補給はあったものの、ここレキナンほど大きな港に入るのは半年ぶりなのだ。
そもそもこの国は豊かで港の賑わいも半端ではない。
かつ、おおらかな南の島人は、海賊だろうと商人だろうと
きちんと金を落とす客なら公平にもてなす。
どれほどの“いい目”が見られることか。
男なら、どんな朴念仁でも熱くなろうというものだ。
そんな中、不機嫌の極みの男が一人。


「…行くのか」

「なんだよ、今更」

シャンクスが呆れるのも当然だろう。ここはもう港内なのだ。

今更引き返せば、かえって不審がられる。
最悪、追っ手がかかることだってあると、分からない副船長ではない。
が、人間 理屈では分かっていても割り切れない気分というヤツは残る。
そして、ことこの国に関しては、副船長の理性はどっかの棚の上に放り上げられている。
なにしろ、ここにはあの男がいるのだ。


「…あいつのところに」
「そりゃ行くさ。あいつが喜びそうなモノが手に入ったからこそ、この港に決めたんだろ」

第一、決めたの、おまえのくせに。

――確かにその通りだ。
今回手に入ったモノは、たいそう珍奇ではあるものの、望む人間は限られている。
ある程度以上の豊かな国でないと、売り捌けない。
更に高値で売ろうとするなら、より“文化の薫り高い”国の方が良い。
あらゆる点を鑑みて、この国がベストだと決めたのは、副船長自身だ。
その判断に誤りのあろうはずはなく、
今になって渋っているのは理性ではなく気持ちの方だったりする。

品物を高値で買うだろうと想定した相手を、
上客としてでなく、数奇者の危険人物としか見られなくなっている。
余裕がないというか……

「海賊がプラントハンターの真似事なんぞ……」
未練たらしくぐちってみるが、あっさり突き放されてしまった。
「いいじゃん、喜ばれて金になるんだ」
あいつは花が好きだからな。

笑う――その目が陸を見ているのが許せない。
このひととき、シャンクスの記憶野を占領している“あいつ”
しかも、その男はろくでもない趣味の持ち主なのだ。

“あいつ”は、港まで来ていた。
さすがに船まで乗り込んできはしなかったものの、
桟橋の手前、徴税所でもある館の前で待っていた。
年の頃、四十代半ば。逞しいというのではないが、
それなりにがっちりした体格は南の男特有の丸みを帯びた筋肉で覆われている。

鳳国、国主尚宣威王。
先だって訪れた時は、兄の跡を継いで王として立った直後だった。


「シャンクス、元気そうだな」

「よう、尚宣威王。相変わらず暇人なんだな」


「人聞きの悪い。せめて酔狂と言ってくれ」
「どう違うってんだ」
「大違いだ、暇人というのは単に時間が空いているというだけだが、
酔狂には美学というものがある」

たいして違わねぇと思うが…

ベンの心の声だった。


鳳国国主のいささか風変わりな趣味は、近隣に鳴り響いていた。

鳳国国主尚宣威王は、花には目がないのだ。
花、と限らず植物全般、時には鳥の羽や石ころさえ喜んで引き取る。
そして集めたモノは、彼の館で披露される。
というより、“花”を披露するために館を建てたのだと、もっぱらの噂だった。

よく言えば粋人。
有り体に言ってしまえば変人。
――ベンは断固として後者だと思っている。




「さすがだな、ここまで見事な大紅団扇はそうはない」
「その程度で喜んでもらっちゃー」
ちっちっちっと指を鳴らし、シャンクスはメガネに持たせた荷の覆いを取る。

表れたのは同じ植物で、けれど緑の葉の真ん中部分が紅色になっている色違いだった。
たいそう派手やかな色あわせだ。

「これは、また」
男は喜色満面。手を叩かんばかりだ。
これが一国の主だとは、誰が思うだろうか。

「造化の妙というか、うむ、自然は常に美しい」
うっとりと呟く前国王様の陶酔ぶりにベンはげんなりする。

……なんだってシャンクスの周りには、こうも変人が集まるのか。
せっかくあの剣豪が西の海に旅立ったというのに。
気の休まる間も無い。


「この三年で鳳莱蕉はすっかり普及したぞ。果実がまた美味でな
救荒作物にもなる、いいものを紹介してくれた」
「へぇ、美味いのか」
「ああ、芭蕉と鳳梨の中間のような味でな。客人にも評判が良い。
今やこの国の特産品だ。そこらの屋台でも食せられるぞ」

「遣り手だよな、あんた」
「はっは。これでも一応国主だったからな」

「ん?」
「その情報は届いてなかったか。儂はもう王ではないでな。
神託により先の王の息子に譲った。おかげで出歩くのも自由だ」

重大な事実を、まるで朝食のメニューを告げるかのように
あっさりと言ってのける。

知らぬとは、手抜かりだぞ。切れ者の副船長の勘が鈍ったか。

シャンクスの鼻先を弾くようにして笑う表情も
ベンの方へ向けた目も、たいそう友好的ではあったのだが。
あいにくベンには友好的になれぬ理由があったりする。


「まんま暇人になったわけだ」
「風狂と言えというに、おお、そうだ」

「主は運が良い」
つい先月、進貢船が帰ったところだ。ミンの特産品を満載してな。
「見ていくとよい。主に似合いそうなものもあるぞ」

そんなことを言われて、シャンクスが付いていかないわけがあるだろうか。
あっさりと誘惑される己が船長殿のお手軽さ――

肩を抱かんばかりにシャンクスを連れ去る男に、ベンは凶悪な気分になる。
「喜びそうな」ではなく「似合いそうな」と言ったことも腹立たしい。
後を追おうとしたベンの背に、恐る恐ると言った声がかかる。
「ふ、副船長、これはどこへ運べば…」

今のベンは、いっそ男の後頭部に照準を合わせたい気分を押さえつけるのに忙しいのだ。
値付けなんぞ知ったことか――とは言えず、結局全ての荷捌きに立ち会う羽目になった。
己の律儀さが呪わしい。

ぐったりして自室に戻っても、シャンクスはいない――
好都合ではあった。まだ休むわけにはいかない。
荷の動きを記入し、部下達に持ち帰らせた資料をひもとき、
尚宣威王の退位と新王の即位について記述する。
いつ、自分がいなくなっても、この海賊団が困らないように。
誰かが自分の代わりを務められるように――


すべてが片づいたときには、ベッドまでたどり着くのがやっとだった。
シーツの手触りを確認すると寝入るのがほとんど同時だった気がする。
夢すら見ない眠り。
「眠りとは、少しの間死ぬことだ」と言った誰かのセリフを身をもって実感する。
これが「死」なら――、恐ろしいことなど何もない。


    


鼻先に湿った気配がする。
かすかに植物の香も。
不快なものではない。
鼻から全身の神経へ巡り、深く潜り込んでしまった意識を静かに呼び覚ますような……

「起きろよっ、ベン」
湿り気が水滴になって顔に掛けられる。
もはや静かどころではなく、ベンは溜息を一つついて目蓋を開けた。

目の前にシャンクスの顔… 
この上なく上機嫌な頭を見るのは、部下としてたいそう嬉しい。
これで自分の腹の上に乗っかっているのでなければ、
もっとありがたいのだが。

「シャンクス、俺の腹は、アンタのソファじゃ」
言いかけた苦情は途中で遮られる。
「カタイこと言うなよ。ほれ、土産」
この地の名産である厚手ガラスの瓶を渡される。
どうやら、さっき垂らされたのは、この瓶の中身らしい。


「酒か?」
「違ーう、もっといいもんだ」
酒好きのシャンクスが言う酒より良いものとはいったい。

「あれも土産」

デスクには黒い陶器の重箱が置かれている。
二段になっているそれは、ほとんど十インチ近くあった。
片腕のシャンクスがどうやって持ち込んだものやら。

「尚宣威王がくれたんだ」
「……もう王じゃないんだろう」

「そーいや、そうだな。ま、いいじゃん」
嫌がらせになるかもしれないし。
けけっと音響効果が付きそうな声で笑う。

「あいつ、王様のくせして王っての好いてなかったもんな」
「やっぱ変人だよな」
まだ言い募るシャンクスの言葉を聞きたくなくて、口を挟んでしまう。

「あいつはキライだ」

「へぇ」
滅多にないベンの言いように、シャンクスの瞳がきらめく。


面白がられているのは分かっていいるのに止められない。
自分の口が自分の意志を裏切る。
この一時が過ぎたら、さぞかし自己嫌悪にまみれるだろう。
分かっていながら、ベンは衝動に身を委ねた。

「剣も使えないヤツを、なんだってアンタがかまう…」
「使えないってこた無いだろ。アイツだってそれなりにゃ」

「アンタとは比べものにならない」
鷹の目とも――とは言わない。


「俺は上機嫌なヤツは好きなんだ。見てて楽しいじゃん。
あいつってば、花に夢中で、いつだって花さえあれば浮かれてるじゃん」

「……まったく、な」

譲位せよとの神託を下したという神女も、とんだ親切をしたものだ。
もとから花に入れ込んで、政務をうっとおしがっていた男だ。
合法的に王位を捨てられるこの上ない機会とあっさり退位したのだろう。
喜々としたその様が目に見えるようだ。


「あいつは、花が一番なんだ。
そりゃ俺のこともスキだろーけど、花以上じゃねぇ」

そんなヤツはゴメンだ。
作りつけの棚から勝手に取り出した酒瓶の蓋を器用に口で開け
シャンクスは中身をあおる。
口端からしたたる酒の筋が光り、扇情的といってよい輝きを帯びる。


俺は欲張りだからな。俺より大事なモノがあるヤツなんざ、いらねえ。

くるりと振り返ったシャンクスの瞳が光る。

「言ってみな。ベン・ベックマン。てめえの一番は」

「あんただ」
即答だった。何を今更。

「世界一の花よりも?」
「問題にならない」

「船よりも?」
「あんたが命じない限りは」

「はっ、とんだ副船長だな、あんだけ勤勉に副船長やっててよ?」

「あんたが船長でいる限りはオレは勤勉な副船長だよ」

「なら――、勤勉なとこ見せろよ」

放りなげる。
赤と黄と白の塊は、きれいな放物線を描いてベッドの上に落ちた。
菊花の形に整えられたそれは、尚宣威王から下賜されたもの――

「いいじゃねぇかよ。誰にもらったもんでも」
ベンの心を読んだように、シャンクスが言い放つ。

「おまえが俺に使うんだ、それ以外の何がいるってんだ?」

どうやって、ベッドまで移動したのか、定かでない。
優秀なはずのベンの記憶中枢は、まったく機能を停止してくれたので。

ともかく尚宣威王の御下賜品は、十分以上に役割を果たしたと言えるだろう。



よく言えば粋人。
有り体に言ってしまえば変人――

赤髪海賊団の副船長殿は、自分もそう評されている自覚はあるのだろうか。











 上天気続きで、荷捌きも仕入れも、この上なく順調に進んでいる。。
もしかして、お頭が船にいないせいか。
こちらは律儀に作業に立ち会っている副船長は、さほど不満でもなく思う。
この手の作業にシャンクスが立ち会っていたとて、たいした役には立たない。
いやむしろいてくれない方が良い。衆目の一致するところだ。
副船長はそこまではっきり言いはしないが、
のんびりすってる煙草の本数からもくわえた角度からも、
捗る作業に上機嫌な様がうかがえた。

その上天気がいきなり崩れたのは、前国王がお立ち寄りあそばした故だ。

冷静沈着で鳴る副船長の低気圧は影響力大だ。
ひっきりなしに取り替えられる煙草に、周り中が凍り付いた。
いや、薄情にも引いた。
幹部連中は姿をくらまし、
逃げるに逃げられぬ下っ端は視線が合わぬよう目を伏せ、
可能な限り遠ざかって作業を再開した。

「荒れているではないか。夕べは楽しめなかったのか」
「っ!あんたの知ったこっちゃない」

毒蛇でさえ逃げると言われているベンの三白眼にも怯まず、
尚宣威王は、のほほんと続ける。

「心外だな。あーんなに主のためを図ってやったというのに」

――確信した。
面白がってる!
絶対にこいつはベンの反応を楽しんでいる。
分かっていながら、反論せずにいられない己が情けなかった。


「…あんたに何の得がある?」

「あれが入ると、うちの花たちがざわめくでな」
ぴきっ
ベンの眦がつり上がった。
忘れてしまいたい記憶が蘇る――それこそ暗い暗い記憶の闇の奥から。

「まこと得難い花よ」

「あれは、花なんておとなしいもんじゃ」
どこの世界に、剣をひっさげて敵に向かって突っ込んでいく花があると?

「それは主の了見違いというもの。
花ほど、がんこで我が儘なものはないぞ。
己の落ち着く場所をちゃんと知っておる


「まぁ、そこが可愛いのだが。
儂はただ花の言の葉を聞いてやるだけよ。花は、小揺るぎもせぬでな」

だから、

「アレをこの地に留めようなどとは思わぬ」

安心するが良い。

真面目な声だった。
「アレは既に己の生きる場を知っている」
「それを撓める気はないし、また、できもせぬ」

「花は花として愛でるだけだ」
尚宣威王は詠うように続ける。
その鮮やかさを、その生命力を。

愛でるなっ!

とは、ベンの心の声だ。
アレは俺の物。誰も触るな見るなと言ってしまえたら、いっそ吹っ切れるか……
……無意味だろう。
どんな誓いもどんな宣言も人の心を縛ることなどできはしない。

溜息一つついて、ベンはとって返す。
刺激的すぎる花のもとに。

「主も苦労するな」
今度は明らかに笑っている声を背中で聞きながら。







☆ ミニ知識 ☆
鳳莱蕉 ホウライショウ
モンステラ・デリキオサ
大紅団扇 オオベニウチワ
アンスリウム
鳳梨 パイナップル
芭蕉 バナナ




2003.10.2





☆ ○屋崎○吾の花展を見に行きまして…その〜(^_^;)
掴んだネタをこねくりこねくり〜タイトルだけは可愛くしてみました。
Crisantemoは、スペイン語で菊のことです。
なんか…途中で横ずれしちゃったよーな気が…
まっいっか。幸せそうだし(^_^;)
☆ ――心の声……
なんだか、尚宣威王が出てきたら、とたんにベンがガキっぽく…
    ちなみに(しょう せんい)と読みます。
おかしい、もーちょっとベンはかっこよかったハズなんだけど…
ええ、もーちょっとくらいは。
だって、年齢だって尚宣威王とそんなには違わないはずなんだし。
で、こー三人揃うと
某ジャンルの2人+1のトライアングルをほーふつとさせるんですが…
き、気のせいでしょうか。
まっいっかぁ〜なんとかなったことだし〜(^_^;)



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