Teddy 3  
      


    



 ログがおかしいんですとの報告を受けたのと、
霧が立ちこめだしたのはほとんど同時だった。
全船に非常呼集をかける頃には、数歩離れれば互いの輪郭さえ朧だ。
 この状態で襲撃されれば、同士討ちしかねない。
その上に雷鳴まで轟きだした。剣や銃に落雷しかねない勢いだ。
 さすがに命知らずで売る海賊達も青ざめた。
相手も同じ条件とはいえ、得物が使えない状態で敵襲など受けたくない。


 見つけたっ!
 いきなり雷かと疑うほどの大音声が響き渡った。
 それと同時に、霧に覆われた空一面に、ぼうと男の顔が浮かび上がる。
若くはない、だが年寄りでもない。醜くはない、だが美形というのでもない。
さしたる特徴のない顔だ。
だが、空一面等というスケールで見たいものでもない。


「おお、妖怪か」

 心底嬉しそうなシャンクスの声に力が抜ける。

 お頭、頼むから、わざわざ面倒のタネを播かないでくれ。
 慌てて止めようとするベン達の下方から、雷鳴をついて可愛らしい声が挙がる。

「ビル!」

「テディ!」

 轟き渡る雷鳴の下、見つめ合う二人(一人と一匹?)……


「捜したんだぞ。テディ。
黙っていなくなるなんて、ひどいじゃないか」



「おまえは私のもののはずだろ?
 私が初めて自分の金で買ったテディ。
 私が作ったテディ。
 ずっと私といるべきだろう?」


「ビル……」

 空に浮かぶ“ビル”の幻影を見つめて、テディは口ごもる。
途方に暮れた目だった。
どういえば分かってくれるのだろうと案じる目。
言っても通じないのではないかと、怖れる目。

 それは胸を突かれる色をしていて、
思わず一歩を踏み出しそうになったベンの横で、吐き捨てるような声が挙がる。

「ホントにあほーだな、あんた」

「阿呆だと、この私が?」


 お頭、なんちゅーことを!
 妖怪を怒らすような真似してどうすんだーー


 顔面蒼白になる面々は無視して、シャンクスは言い募る。


「あほーだから、あほーと言ってんだ。
戻ってほしいんなら、“べき”の前に言うことがあるだろ」

「逃げ出される以上、逃げられるだけの訳があるだろうが。
何がいけなかったのか、ちゃんと聞いたらどうだ!」


 おおっ、お頭が真っ当なアドバイスをしているぞ。
 かんどーものだ。


 またまたどよめく面々。
ホラーだったはずの展開が、すっかり日常話に成り果てている。


「イヤ…だったのか、テディ」

響き渡る声が、急に弱くなる。
 それでも聞こえる。


「私はただ……
世界中におまえのことを知らしめようと思って…
それがおまえのためになると……
 おまえだって喜んでくれてると……」

「なのに、イヤだったのか」

「私の傍はそんなに?逃げ出すほど?」
「世界征服も、お前と一緒でこそ意味があったのに、なのに」


 世界征服だぁ?本気か、このおっさん?
 絶句してしまった海賊達をよそに、テディの声は続く。


「違うよ」

「ビルがみとめられるのは嬉しいよ。
 お仕事だって、キライじゃないよ」

 年寄り臭くさえあったテディの喋り方が変わっていた。
妙に幼く、泣き出すのを我慢しているような切迫したものに。


「でも、でも、ぼくはビルのために働きたかったんだ。
世界中の誰かのためじゃなくて……」


「私の傍はイヤじゃない?」
「イヤじゃないよぉ」

 今度こそ、ほんとにベソをかきながら、
それでもはっきりした返事を返し、テディはシャンクスの方に向き直る。


「ごめんなさい。シャンクス。
皆さんにもご迷惑かけちゃって。
でも、やっぱり、ぼく……」


「ビルの傍にいたいんだな」
「ご、ごめんなさい」

「いいってことよ。そら、行け!」

 ほらっホップ。ステップ。ジャーンプ!

 シャンクスの掛け声に合わせて、
クマのぬいぐるみが三段跳びする。
 ほんのちょっぴりの跳躍。
けれど次の瞬間には、テディは空中の妖怪男の隣りにいた。


「一緒に帰ろう、テディ」
「うん、ビル」

 妖怪男の首にしがみつくクマの縫いぐるみ……
 仲むつまじいと言えばいいのか……

「また、一緒に世界を手に入れような」

 ちょっと待てや。おっさんっ
――と突っこみを入れる間もなく、顔は消えた。

 同時に霧も切れた。
それはもう、夢から覚めるかのようにすっぱりと。
 残された面々の気持ちの方は、さっぱりとはいかなかったようで、
皆、一様に微妙な表情をしていたが。


 それもムリはないだろう。
ホラー風味で妖怪男とクマ(のぬいぐるみ)のラブシーンなぞ見せつけられたのだ。
さっぱりのしようがない。
 それでも、古参の幹部達は立ち直りが早い。
なんとか気持ちを切り替えたようだ。


 ったくなぁ。
 俺たちって、痴話喧嘩に巻き込まれる運命にあるんですかねぇ。
 忘れようぜ。俺たちはしょせん常識人だからな。


 散会していく一同が、
ちらちらっと己の船長と副船長の方を見ていくような気がするのは――
気のせいではない。

 ベンは、改めてこめかみを押さえた。



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2003.4.19




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