時は春 本編



    

以前来た時、この島は秋の終わりで、
冷たい木枯らしが吹き始める頃だった。

 その島を再び訪れたのは、春の盛り――
 島の姿は、まるで変わっていた。
 木々は緑を滴らせ、花は咲き誇り、
島中が生命に充ち満ちて息苦しいほどだった。
 空気さえ、匂い立つ、春の、萌え立つような香。
少しばかり肌寒い風も、その香を高める。


 けれど、何より違ったのは……



「何とか、間に合った のかな」
 白木の棺に横たえられた島長に向かって、
シャンクスは静かに呼びかける。
若い葉の緑に埋もれたその顔は白く、
命のぬくもりはそこにはなかった。




「眠るような最期でした」
「あなたのこと、よく話しておりました。
次に会うのは冥土でのことか、などと」





 弔いの日、シャンクスは参列はしなかった。
「もう、別れはすんでっからよ」

 長の跡を継いだ青年――
かってシャンクスを追っていた彼に笑って言う。
「あ、それともおまえの仕切りようをチェックしてやろうか。
俺の点付けはキビシイぞぉ」

「シャンクス」
 苦笑する彼は、既に次代の長としてシャンクスに対峙していた。
かって闇雲にシャンクスに憧れていた子どもは、もういない――

「長は、いい跡継ぎを作ってったってことさ」




 遠く、島唄が聞こえる。

 別れの歌だ。かってシャンクスたちを送り出す時、
歌ってくれたものに似ている。
 あの時だとて、シャンクスたちと再会する可能性などゼロに近かった。
今回違うのは、長との再会は、少なくとも今生では不可能だということだろう。

 弔いの日、空は穏やかに晴れ渡っていた。
 ほとんど無風の空の下、桜の木がはらはらと花びらを散らせていた。
漂う甘い香りはオレンジの仲間(この島では九年母、クラブと呼ぶ)か――





 シャンクスは海がよく見える岬に寝ころんでいた。
草は柔らかく、一面の緑の中、
シャンクスは気持ちよさそうに手足を伸ばしている。

「いいのか、シャンクス」
「ああ、もう別れはすんでるって言ったろ」

 第一、爺さんは、もうこんなとこにいやしないよ。

 何でもないことのように、さらりと言う。
 少し、妬けた。
シャンクスと、今はもういない島長との間には、
言葉など無くとも通ずる部分があるようだ。
海賊頭と島長――相反する立場であるはずなのに。



「人間、立場が全てじゃねぇさ」
 ベンの心を読んだように、シャンクスは笑う。

 お前は、ちっと堅すぎるのさぁ。
 彼の副船長を揶揄する声、伸ばされる手。
こんな時、彼の手はとても優しい――



「そうだな」
 自覚のある副船長は、おとなしく船長にされるがままになっている。
シャンクスに触られるのは、とても気持ちいいなどと腐ったことを考えながら。


 荒れた指先だのタコやマメで硬くなった掌は
手触りがいいとは言えなかったが、ベンよりかなり体温の高い彼に触れられると、
そこだけぽっと温かくなる。まだ風は冷たいこの季節、
それはけっこう嬉しい事態で、
いっそ抱え込んでしまいたくなる衝動を抑えるのに苦労する。


 遠くから、島唄が聞こえてくる。

 歌詞の意味は分からない。
ただ、人の声が響いてくる。
大海原のただ中にある孤島で、それでも日々の暮らしを営む者たちの声。
彼らの長を悼み、彼岸への安らかな旅立ちを祈念する声。
その声は、惜しみなく宙に舞い、天空高く吸い込まれていった。
 幾ばくかは人の身体の中にも入っていったのかもしれない……
ベックマンの裡にも……




 純粋な音と化した“声”は、筋肉をほぐし、神経の節々にまで浸みわたる。
 “声”に身をゆだねているうち、シャンクスに昔言われた言葉が、
心の底の底から浮かび上がる。



  どんなに愛してると言ったところで
  おまえの不安はなくならない
  おまえが自分で納得するしかないんだ


「俺がこんなに愛してるのによ」
 そう付け足して。笑いに紛らせたが、多分それは本音だろう。




 わかっている。
 愛されていることなど、この身体が感じている
 触れてくる手が、送られる視線が、教えてくれる。

 なのに……淋しい 悲しい 苦しい


 ずっと……
 淋しかった。
 悲しかった。
 苦しかった。


 シャンクスに出会う前はいつも。
 この身の置き所が見つけられなくて。
 出会った後もつねに。
 この身の置き所が見つかったというのに…


 これほどの人と共にいて この寂寥は何事だろう……
 己の強欲を嘆いたこともあったのに――


 今 すべては溶けていく――

 シャンクスと出逢うまでの二十年余――
 消し去ってしまいたい時ではあるけれど、
 あれもまたベンの一部ではあるのだ。

 シャンクスと出逢ってからの十数年――
 あっという間に過ぎた日々。
 シャンクスという存在に振り回され、追い縋り、
 その足元に身を投げ出したくなる衝動に耐えつつ、
 共に歩んできた日々――
 あれは、あれらは――
 すべてムダではなかったのだ。

 淋しさも。
悲しみも。
 苦しさも。

 すべて、すべて……



 涙が止まらない


「どうした ベック?」


 腕の中から シャンクスの声がする。


 降り注ぐ光と音。
 腕の中のぬくもり。


 これは自分のもの。
 自分に許されたもの。

 身を重ね、互いの熱を貪っている時すら、
 これほどの一体感はなかった。


 淋しさが無くなったわけではない。
 悲しみが消え去ったわけではない。
 苦しさは常につきまとう。
 なのに――


 幸せで
 幸せで 
 涙が止まらない。


 わかっている。このときは一瞬だ。
 去った後には、

 それでも、それでも…

 ああ

 淋しくて
 悲しくて
 苦しくて

 だからこそ幸せで、
 涙が止まらない。









   時は春

日は朝
朝は七時
片岡に露みちて
揚雲雀 なのりいで
蝸牛 枝に這ひ
神、そらに知ろしめす
すべて世は事も無し

(ブラウニング)





2002.11.17



☆ 11/9にアップしたSSがひとまず完成。

ここんとこ、なーんも更新してないので、
アップしてみました(^_^;)

こちらで告白。
冬コミスペースいただけました。
辰砂 12/28(土) 東地区5ホール “ミ”ブロック 16b
もらえた以上、なんとか新刊出したいですもんね(^_^;)



壁紙は「BEVEL」様からいただきました。

右上の「×」を押して、お帰りください。