曼珠沙華    



    





 日射しがまぶしい。
 けれど、そこにはもはや夏の強さはない。
 空の青さも射るような真青ではなく、
底に一枚薄衣を敷いたような柔らかいものになっている。



 イースト・ブルーの外れのはずれ、
鄙びたと言うしかない小島の秋。
あまりに離れていて、中央の指示もなかなか届かないという。
海賊の停泊地としてはもってこいの場所と言える。



 シャンクス達がこの島に停泊したのは、
例によってシャンクスの気まぐれのせいだった。
 珍しく真面目に見張りをしていたシャンクスが、
「なんか燃えてるみたいだ」などと宣ってくれて、
すわっ山火事かと、慌てて立ち寄ってみれば何のことはない。
真っ赤な花の群落だったりする。
 近づいて花だと分かった時点で、引き返そうとしたのだが、
今度はシャンクスがごねた。
副船長が、花の名前から生態にいたるまで、縷々説明しても納得しない。



「だって、あんなに赤いんだぜ。近くで見たいじゃん」
……とごねられて抵抗できるヤツは、この海賊団にはいない。まったく……
「まぁ、先を急いでるわけじゃないし」
 まず若手の幹部が折れ、ヤソップまで
「うるさくてかなわんから」
と言うに及んで、最後までがんばっていた副船長も
不承不承、首を縦に振った。



 島の住人達は、そういう粗忽者には慣れているらしく、
とりあえず以上に歓待してくれた。


「あれはヒガンバナと言いましてな」
 総白髪に黒い目の島の長老はかなりの高齢で、
それでも、かくしゃくとしたもので、シャンクス達を自ら迎えた。

「毎年必ずこの時期に咲くのですよ。一日の狂いもなしに。
この時期はちょうど先祖の墓参りの頃でしてな。いい徴です。
 球根にはでんぷんも含まれてますのでな、飢饉の時は、食用になります。
ああ見えても、救荒作物というわけです」



 確かに、このような離れ小島。
飢饉になり、本土に救援を求めたとしても、
救いの手がさしのべられるまでには(さしのべられるものとしても)
一月や二月はかかるだろう。その間の食料になるのなら、
あれほどの大群落が保持されているのも道理だ。
 長老が手ずから点ててくれた濃緑の茶を、二人してすすりながら話を聞いた。
その後なぜか飲むものは酒に変わり、けれど、夜っぴて騒ぐわけでなく、
月が中天にかかる頃にはお暇した。



 二人にとってはほろ酔い程度に酔って、
丸い月を見上げながら帰る夜道は気持ちよかった。
少しだけ肌寒さを感じさせる風は、いい酔い覚ましで、
さわさわと鳴る葉ずれの音は、季節が交代する時であることを教えていた。



「良い島だな」
「ああ」
「良い爺さんだな」
「…ああ」



 そうして始まった思いがけない休暇は、もう十日にもなる。
 せっかくだからと水を補給し、船を補強し、その合間に交代で、久しぶりの陸を満喫する。
 さすがに娼窟は無かったが、島の娘達はおおらかで、外からの男達を喜んで迎えた。
「フリーの娘だけにしろよ」とはヤソップの生活指導だったが、
迎える女達の方にもそれなりのルールはあり、男達も仕方がないと割り切っているらしい。
「このように小さな島。外の血を入れない限り…」
とは、長老の言葉だったが、この場合の“血”は比喩ばかりではなかったらしい。



 まるきり赤髪海賊団、秋のバカンスの図だ。


「ろくでもないものが来たら、どうする?」
「仕方がありませんな。外から来るものは、
良いものばかりとは限りませんて。まぁ、運ですな」

 ありがたいことに、儂は運が良うて。
 闊達に笑う長老に、シャンクスはしっかり懐いた。
なにやかやと長老宅に入り浸っている。当然、ベンも一緒だったりする。


 この時期、ご先祖へのお供えとして作るのだという団子のお相伴に預かり、
外気にさらされた木の床にそのまま寝転がり、昼寝し、
居着いている猫に乗っかられては、船に帰ってから黒猫カッツェに妬かれている。







先祖の墓に詣る日は、だいたい決まっているらしい。
長老一家が出かけた日は、集落中、しんとしていた。
いつもならシャンクスにまとわりついている子どもたちも、
家族と連れだって先祖の墓参りとやらに行ったらしい。


 長老は遠慮なくと言ったが、留守宅に上がり込むわけにはいかない。
シャンクスとベンは連れだって散策した。
村の真ん中を貫く白い道。海沿いの石積みの道。畑に沿った細い土手。
二人で、どこまでも歩いた。

 静かだった。
 遠くに聞こえるのは、
 虫の音。
 鳥の声。
 サウス・ブルーのそれとは違う。空の向こうに吸い込まれていくような鳴き声。

 日の当たる土手に座り込んで、ベンは珍しいことにくつろいでいた。久方ぶりの休日だ。
 シャンクスも、おとなしい。



「死人花、お弔いの花かぁ」
つんつんと花びらをつつきながら、シャンクスが言う。

「あんまり触るな。かぶれるぞ」
「へ?だって、爺さん、救荒作物だって」


「確かに救荒作物だが、毒も含まれてるんだ。
触っただけなら、大丈夫と思うが、
あんた、肌はあんまり丈夫じゃないから気を付けるに越したことはない」


 前科があるしな。

 含み笑いされて、シャンクスは膨れる。
「ありゃーお前が悪いんじゃないか」

 お前があんなとこでやっから…
えらく可愛くそっぽを向く。
 いつもなら、平気で受け流すくせに、今日は妙に照れている、
さては…くらいには彼の船長のココロなどお見通しだったりする。
けれど、ほくそ笑む思いなどちらとも見せず、ベンはそのまま話を続けた。



「……狐花とも言うな」
「キツネノと名前に付いた花はけっこう多いんだ」

 キツネノカミソリ、キツネノマゴ、キツネノイモキツネノタイマツ、 

「けど、どれも、この花とは違う」
「ふうん」

 この花はな、たった一つだ。

 こんなにたくさん咲いてるじゃん?

 数は多くとも、全く同じ物だ。
この島に咲くこの花は、すべて合わせてたった一つ。

 近縁にシナヒガンバナがあるが、あれは種をつける。
容易に増える種だ。この花とは違う。
 白いヒガンバナもあるが、名こそ同じでも、種が違う。

 一属一種――遺伝的に同一だからこそ一斉に咲く花。
完成しきって、もはや新しいものは生み出せないそれ。
――その頽廃と引き替えに手に入れたのが、
この世のものとは思えないほど見事な色と形なのだろうか。
――いや、それは所詮人間の感傷だ。花にとってはどうでもよいことだろう。





 埒もない想像にふけるベックマンの目の前が陰る。
シャンクスが間近に来ていた。しきりに首をひねり、
そのままベンの伸ばした足の上に座り込む。


「どうした、シャンクス」
「んーー、なんかヘンなんだ」
「ん?」


「なんか、酔ったみたいなんだよ」
「花にでも酔ったか?」
「花に?違うな、赤に酔ったんだよ」
「あんたでも、赤に酔うか?」
「そりゃ、これだけ数があるとな。
 おまえ、平気?」



「俺はあんたで慣れている。
滴る碧の中の赤――まるっきりあんたじゃないか」

「――やっぱ、お前も酔ってるわ」



「ああ……こうしていると
 あんた、ヒガンバナみたいだ」



 そうだ、あんたは毒で、それは分かっているのに、離れられない。
目が離せない。


 ベックマンは、青い青い空の向こうに燃えさかる赤を見ていた。
 どんなに逃げたとて逃げ切れぬ赤―――
 この火に焼かれるなら、本望だ。





 黒いマントに忍び込ませた手に、力がこもる。
青い空に、“赤”が散った。




   つきぬけて天上の紺 曼珠沙華    

                   山口誓子





200210.2



☆ 副ちゃんの蘊蓄講座&口説き編。
 ち、ちょっと…恥ずかしいかも〜
お願いですから、
どうして副が俳句なんだという突っ込みは無しにしてください。
めるひぇんなんです、めるひぇん〜



このお話のソースは「闇花」!
karinさんのサイトのお宝部屋で拝んだイラスト
こちらです〜)
一目見たその時から、もー妄想が走る走る〜
あっという間に芽を出し、花を咲かせたので
karinさんと作者様の許可をいただき、
リンクさせていただきました。

作者は「よっちゃん」

  のサイトマスター様です。

このページの壁紙は「トリスの市場」 様からいただきました。

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