絹の囁き




どういう風の吹き回しだ?

思わずベンが聞いてしまったのも、ムリはない。



今、シャンクスの部屋は、ちょっとした宝物庫だ。
ベッドの上には底光りするような絹。傍らには大きな鏡。
テーブルには、玻璃や玉を納めた黒檀のケース。

どれも、けっこうな値打ちものだ。
瑠璃や玉は言うに及ばず、絹も見るからに高価なごく上品だし
鏡もこれだけ大きなものになると一財産物だ。

先の航海の戦利品ではあるのだが、
シャンクスの部屋には似つかわしくない。


そもそも、シャンクスは戦利品にはあまり執着しない。
戦闘時こそアツくなるが、いったん手に入れたらただのモノ扱いだ。
それが今回どうした風の吹き回しか。

よっぽど気に入ったものでもあったのか?




まあな。まぁ、座れよ。

嬉しさを隠せないような声。



……アヤシイ……怪しすぎるぞ、シャンクス。
ベンの背中はぞくぞくした。
何かある。きっとある。

それでも、勧められるままベッドに腰を下ろすベンも大概だろう。
―――ちっとも懲りてない。



で?



うん、あー。そのままそのまま。

シャンクスがサンダルを脱ぎ飛ばしてベッドに上がってきた。
するっという音とともに絹がほどかれ、ベンの肩に降ってくる。
自らの重みで落ちていく布。
久しく忘れていた感触に、ベンは一瞬震えた。

ベンの背にもたれて膝立ちしたシャンクスは器用に絹布の端をベンの胸元に回し、
くるりとその身を包み込んだ。


シャンクスッ!



思い出しちまってさぁ。

そのまま絹布の上から、ベンの肩に顎を乗せる。
ふわりと舞った赤い髪が、ベンのあぎとをくすぐる。



初めて会ったときのおまえ―――
きれいでよくできたお人形みたいだったもんな。
めちゃくちゃ欲しくなった―――一
目見たときから、オレのもんだと思った。
絶対手に入れると決めた。



シャンクスの息が首筋にかかる。息が……上がる……



伸びてきた熱いもの―――シャンクスの舌が蠢く。
首の付け根からシャツの下へ、潜るようにして肩へ。
そのラインに沿って、甘噛みしながら移動する。

吐息がシャツの内側で乱反射して、熱くてたまらない。
柔らかいはずの絹の繊維さえ、刺激となって肌を刺す。


喉が詰まる。
触れられて蕩(とろ)けて、
背を伸ばしていることすら困難だ。




唐突に温もりは離れた。
ほとんど寝ころんだ形で、
シーツに突き立てられたようなベンの手にシャンクスは取りつき、
手首から手の甲へと移動して、指と指の間に舌を這わせた。
ゆっくりと指の付け根を舐(ねぶ)り、舐め上げるようにして中指に移る。
ふだんはたいして意識してない指のはずなのに、
わざとのように緩やかな移動に伴い、そこは痺れるようだった。

痺れは、じき全身に拡がった。





絹と花と玉が似合ってたおまえ―――血まみれの海賊とは大違いだったな。



―――けれどオレは、あんたの手を取った。
今オレは、あんたの副船長だ。

絹も花も玉も今のオレにはそぐわない。
身軽な木綿のシャツとズボン。
酒と煙草があって、なによりあんたが傍にいる。
それ以上、何がいる?




そうだな…
おまえは、赤髪の隣に立つ男だ。



シャンクスの指が、絹地越しにベックマンの肌をまさぐる。

この腕も、この髪も、潮の匂いがする。
誰よりも海賊らしいオレのベン。
今じゃ誰も、おまえを海賊以外のモノとは見ないだろう。




ふっと洩らされる笑み。




おまえが海賊になりきれないのは、ただ一点。
弱みを見せた船長を殺すことができないところ。




シャンクス、それだけは―――
それくらいなら、オレはあんたに殺される方を選ぶ。




ばーか、誰が殺してやるか。
大喜びで刃の下に飛び込んでくるようなヤツを殺してどうするよ。
おまえは生きるんだよ。オレが死んだってな。


シャンクスッ


ああ、オレはいつだって祈ってるよ。
おまえがおまえであるように。
おまえが一人でも生きていけるように。



いやだっ

おい、ベン。


あんたから離れたくなんかないっ
離れるくらいなら……



ベンは、シャンクスの肩を押した。
シーツに縫いつけるように押さえ込み、体を進める。
急激な刺激に、シャンクスの肉は即座に反応した。
苦鳴とともに痙攣し、ベンを深く受け入れる。

二人の間に隙間などない……はずだった。




けれど……この空虚は――――


ベンは、呆然とシャンクスを見下ろした。
限りなくシャンクスと密着しているのに。
シャンクスの蠢きを確かに感じているのに。


この空虚は――――




ベン、ベン


呼ばれていることにも、しばらく気づかずにいた。


ベン…オレを見ろよ。
ベンの背に絡められていたシャンクスの足が外れる。
長い吐息とともに、ゆっくりと開かれる。
晒される裸身―――


辛うじて肩に引っかかったシャツが、かえって卑猥で、
けれど、いっそ神々しくて……ベンはそのまま動けなかった。




ばぁーかっ
かすれた、けれど陽気な声とともに、シャンクスの右手が伸ばされた。

その手はベンの頬を軽く叩き、
おまえの腕は、何のためについてる?
そのまま首筋に下りて、ベンを引き寄せた。


荒い息。
ベンの脈動と連動するかのようにうねる胸……下腹……屹立した性器。
ヘンを呑みこんで身動き取れなくなっている部分さえ隠そうとはしない――
その周りを縁取るように耀う(かがよ)う赤―――
汗が顎から喉元へと伝い、シーツに落ちる。
シーツの上にも、赤が散る。
胸から腹への筋肉が動くたび、体臭が立ち上がる。
紛れもない雄の匂い。

なまぐさいまでのそれを、ベンはくらくらする思いで嗅いだ。




愛しい人
焦がれ続けた人
いま、己が下にいるのは、
誰よりもベンを受け入れてくれた人





オレを見ろよ、ベン。


上げられた翠の瞳が、真っ直ぐにベンを見据える。



オレはオレだ。神様じゃねぇ。
おまえの父親でもねぇ。
ただの、ろくでなしの、海賊だ。
けど、おまえを騙したりはしねぇ。
オレは、オレのしたいようにするけど、
それを、おまえに隠したりはしない。


……この人は、自分を捨てていきはしない。
この人が敢えて、そうするのならば……
自分は…耐えねばならないのだろう……




ベンは、熱い躯とうらはらに、しんと冷える心をなだめるため
シャンクスを抱く腕に力を込めた。



愛しい人―――この瞳を掌に載せて、貪ってしまいたい。
シャンクスが自分以外の誰も見ないように。
けれど、それは自分のことも見なくなるということだ。
そっと、舌先を伸ばして瞳に触れる。



シャンクス、目を閉じてくれ。
懇願すると、素直に目をつむる。
閉じられたその瞳に、口づける。
シャンクスの眼球が、烈しく反応した。

そのまま目の下に下り、鼻の横を通って、唇に辿り着く。
その僅かの間にも、シャンクスの喘ぎは烈しくなる。
シャンクスの唇に触れたとたん、舌が出てきた。
そのままベンの口中に突っ込み、追いかけてくる。
ベンに否やはなかった。そのまま舌を絡め、二人の唾液が混ざり合う。
それは、呼吸困難を感じるまで続いた。
二人して、打ち上げられた魚のように息を吸い込む。




その間も、シャンクスを放そうとはしないベンの腕を、
シャンクスはそっと叩きながら囁く。
その囁きに、ベンが気づくことはないだろうことを承知の上で。

















バカな奴―――まだ分かんないのかよ。
オレがおまえを離すわけないだろうが。
オレ達は、ずっと一緒に行くんだ。


……そうさ、オレはいつも祈ってるよ。
ずっと、おまえの傍にいられるように。
おまえを置いて逝かずにすむように。
いつも、いつも―――






2002.5.24





☆  「牡丹」に引き続いてというか、
  ベースになってるお話です。
  まーた枝葉ばっかり増える(^_^;)
  久しぶりに布を入れたお宝箱を開けて
  絹物に再会。やっぱ、ええのぅ〜この手触り〜
  つーわけで、できあがったお話。
  途中、危うくリバかと思ったのだけど、なんとか踏ん張りました。
  よしよし、よくやった、副。
  (毎回、同じテで引っかけられてるけどさ)
  その分、なんと言うか、その……
  やっぱり成人向けの看板出した方がいいのかしら…

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