紅蓮   chapter 4   





「すげー、これみんな牡丹?」
「…ああ」
 まるで子どものように、はしゃぐ声を背に■■は歩を進めた。
一面の牡丹だらけの牡丹園。赤や白は珍しくもないが、
黄色の牡丹となると、おそらく屋敷の一つや二つ購えるほどの代物だ。
好事家ならば、天井知らずの値を付けるかもしれない。


 ■■が故国から携えてきた王への朝貢品の一つだ。
いや、いっそ■■本人とともに、と言うべきかもしれない――
牡丹も■■も、己の意志に関係なくこの国に来ることになったのだから。

「すげーや。いろんな黄色があるんだな。牡丹なんて、赤か白しかないのかと思ってた」
「…この国の牡丹はそうだ。
黄色の牡丹は、ウェスト・ブルーで生み出された改良種だ」


「なあなあ、なんで、アレ切っちゃうんだ?せっかく一杯蕾付けてるのに」
 剪定している場面が不思議でならないらしい。
 …全く…当節、子どもでさえこれほど好奇心剥き出しの顔はすまいに。

 そう思って、■■はふっと気づく。
それは、己がそんな子どもしか知らずにきたせいかもしれない、と。
自分自身がそうであったから?




「…牡丹は本来多くの花をつける。だが、それでは大輪の花は望めない」

「…だから、一つの株で最も見込みのありそうなものだけ残して、
他の花は蕾のうちに切り捨てる」

「よく知ってんなぁ。あんたって、牡丹も育ててんの?」
「…自分で育てたりはしない。
 だが知識無しでは、職人どもにバカにされる。
手を抜かれても、分からんのではな」

「そうかぁー育てたこともないヤツがあーだこーだ言う方がバカにされると思うぞ。
見張ってなくたって、誰もサボりゃしないよ」

「…なぜ、そう言い切れる?」
「だってよー」


 若い海賊は、牡丹に顔を寄せた。黄金の花びらの上に、赤い髪が落ちる。


「こんなにきれいなもんなんだぜ? きれいに咲かせてやろーと思うもんじゃねぇ?」


 にっと笑う赤い髪の下の白い顔。
 大輪の牡丹の花よりなお綺羅綺羅しく、■■は、目をそらせなかった。





「なぁなぁ、似合う?」
 ぱたぱたと長い袖を振り回し、シャンクスが叫ぶ。
「なあってば!どっかおかしい?」

「…どこも、おかしくなどない」

「だって、おまえ、全然俺のこと見ないじゃん。
ンなみっともないのかよ」

 駄々っ子のようなシャンクスの言いように、
「お似合いですよ」
 着替えを手伝っていた婢女が笑いながら宥めにかかる。
 その声には、純粋と言ってよい好意と賛嘆が込められていた。


――実際、似合ってはいた。
 ■■と同じ、ごくオーソドックスな長袍だが、色が違う。
 鮮やかな朱の地に牡丹の地模様。
肩から胸元に書けては、地模様の牡丹が目立つよう、
その輪郭を撚り金糸で刺し詰めてある。
悪趣味なほど煌めく金が、シャンクスの赤い髪にはよく映え、
日に焼けてなお深い部分は白い肌と、翠玉の瞳を引き立てる。
 赤い髪に赤い服なら、或るは――と選んだ■■の目論見は、完全に外れてしまった。

 かといって、今更他の衣装に替えるわけにもいかない。
王が指定した刻限までは、あと少ししかない。日延べすることもできない。
「怪我人を御前に出すわけには」と引き延ばし続けて一週間目の今日、
王は医者まで寄越したのだ。
なんとしても召さずにはおかぬという意志の発露――

 それを感じたからこそ、やむを得ず、■■はシャンクスの支度を整えた。
なのに、シャンクスは何とも思っていないように見える。
 ……海賊のくせに――己の無防備の代価を払うがよいのだ。




 王の寝室への長い通路―― 
通い慣れたそこを、■■は周りなど見ずに進んだ。
 すぐ後ろには、シャンクスがついてきている。
吐き気がした――



 後ろから手が伸びてきて、■■の腕に当たった。
振り向くと、シャンクスの顔が間近にあった。
少し背伸びして、■■の顔をのぞき込んでくる。


「大丈夫か?あんた、すげー辛そうだ」
「…構うな」


……辛い思いをするのは、お前の方だ。
そして、そうさせるのは、自分――


 赤子のように真っ直ぐに自分を見つめてくる――シャンクスの目。
このまなざしは、今夜限りで失われるのだ。
この夜が明ければ、この男は、二度とこんな目で己を見はすまい……


 固く重いものが胸元にしこる。
 ■■は唇を噛んで足を速めた。
――どうせ失われるものなら、早々になくなってしまえばよいのだ。
所詮、海賊――兵士達にさえその身を許していたものを――




「これほどの赤とはのぅ」

 享楽と豪奢に慣れた王の声音にさえ、感嘆の色が露わだ。

「『牡丹は丹を以て最高と為す』と言うが」

 椅子に座ったままの、王の皺んだ指が、
シャンクスの顎を挟んで上向ける。
 傲慢なそれにも、シャンクスは、逆らわなかった。
口元の笑みも消えない。

「艶やかな牡丹よの」
 指はそのまま首筋へ下り、襟の合わせ目から胸元へと滑り込んだ。

 ■■は、じっと見ていた。
シャンクスの肩が露わになるのを。
耐えきれない膝が床につかれるのを
うち捨てられた花のように、その体が頽れるのを。


「…吾は………」
「まずは、手を貸してくれよ、■■」
 何の隔意もなく、左手が伸ばされる。
「それから、今夜くらいはあんたのベッド貸してくれるんだろうな。
これで床に寝ろってのは、人非人だぜ?」
 笑みさえ浮かべたその目は、昨日までとまるで変わってなかった――


 この夜、■■は初めて、自らの意志で他人を同じ寝台に入れた。

 手当をし、着替えをさせたシャンクスに寝台を譲り、
別室に向かおうとした■■を、シャンクスが引き留めたのだ。




二人だって、十分広いぜ?














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2002.7.25





☆ 何とか先が見えてきましたので、初っぱなの部分だけアップ。
  こーゆーお話です。
とっても暗ーい出会いでございます。
お嫌な方は、申し訳ありませんが、帰ってくださいませね。

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