紅蓮   chapter 2   




 それは白く夜陰の中に浮かび上がり、
その口端がうっすらと上げられているのが見えた。


「…何をしている、と問うている」
 ■■の目つきは、凶悪極まりないものだったはずだ。
剣を持った兵士達が硬直したまま、互いに顔を見合わせている。
 リーダー格らしい一人が、なんとか口を開く。
「か、海賊の一味を捕らえましたので。その尋問を」
「こんなところで?」
 言葉に刃先があるとしたら、
兵士は、斬って捨てられていただろう冷厳さで■■は言い放つ。

「…この男は、吾が預かる」

「し、しかし」

「吾は■■。
万春亭横の宅にいる。不都合あらば、いつでも来るがよい」
 万春亭――牡丹園の番人宅の名が出たとたん、
彼らはますます固まった。――その邸に住む者の噂は、
彼らの耳にも届いているということなのだろう……




 結果、■■の命は、あっさりと通ってしまった。
 元々さして重要な罪人というわけではなかったのだろう。
退屈していたときに、引っかかってきた玩具を
これ幸いといたぶっていただけなのだ。
 驚くほどのことではない。
その程度には、この国のタガは緩みきっている。
建国より三〇〇年近い年月が経てば、
強大さで名を売った東方の大国と言えど、あちこちに綻びが生じる。
なまじ大国ゆえ、その亀裂は膨大で、防ぎきれないのだろう。



「…付いてくるがいい」
 男はおとなしく■■に従った。
投げ捨てられていたシャツを引っかけ、裸足のまま、
ぺたぺたと足音を立てながら付いてくる。
その音は妙に不揃いだった。




「お帰りなさいませ、ご主人様…」
「イェン、湯殿の用意はできているか」
 老練な執事は、一瞬の同様から素早く立ち直り、
主が連れ帰った迷惑な客にも、すぐさま対応した。
「はい、すぐお使いになれます。ただいま、薬を持たせましょう」
 浅手とはいえ、男の、ほとんど裸の上半身は、傷だらけだ。
執事は見定める目でその傷を一瞥し、近くの小女に指示する。




 浴室は、■■の寝室の並びにある。
「…そちらだ。必要なものは、全て揃っている」
 指さされた方へ、男はこれまた素直に移動した。
まもなく「広ー」「すげーあぶく」とはしゃぐ声が響いてきた。
囚われの身であるという自覚は無いのか?
と問いつめたくなるようなお気楽な声だった。



「気持ちよかったぁーー」
 出てきたときの第一声は、これだった。
 語尾にハートマークが付いていそうな脳天気さ。
かなり……いやほとんど助ける必要などなかったのでは
と考え込んでしまった■■だった。


「あんがと、助かったよ」
 ちゃっかり■■のローブを羽織って、どっかと椅子に座り込む。
この地の椅子は座面が広く、胡座をかいても十分余裕があるのだ。



「ちっとドジ踏んじまって。またあいつら、しつこくてさ。
あー俺、シャンクスってんだけど」

「…姓は?」

「無えもん」
 さらりと名を名乗った海賊は、あっさりと流した。
「産みの親の名前は分かんないし、育ての親も、姓なんて無かったモン」



「あんたは?」

「…吾は…■■・‐‐‐‐・‐‐‐‐‐」

「すげー長っ。覚えきれないぞ、俺」

 ■■でいーよな、と畳みかけてくるシャンクスは、くつろぎきっている。



「で、あんた、それ、クセ?」
「…?」
「すごく苦しそうにしゃべるんだな。一呼吸以上ハズしてさ」
「…吾は、トロいから…」
 喋りたくなどないのだ。周りの者が■■に聞いてくることは、
いつも答えたくないことばかりで……
 けれど、■■にそんなことを言ったのは、この海賊が初めてだった。

「ところで」
 考え込んでいるうち、気が付けばなぜか、
シャンクスの顔が目の前にある。

「しねえの?」
 なにを?と問うような間抜けは晒さずにすんだが、
とぼけた調子にむかついてきた。


「…おまえなんぞとしなきゃならん義務はない」
「義務、ねぇ。こーゆーことは、義務でするもんじゃないだろ」
 じゃなんで、俺を連れてきたんだよー俺ってそんな魅力ないかよーー



 わざとらしく騒ぐ声には、もう取り合わないことにして、
■■は柳の箱から夜具を出してやった。


「…好きなところに寝るがいい。そこらの床でも、長椅子の上でも」


「ひでー、俺のベッドは無えのー」


 どこの世界に、捕らわれ者の海賊を寝台に上げる人間がいるというのか
――いや、そもそも、この男には、自分が虜囚だという自覚も無いらしい。
■■は、もう相手にするのは止めて、寝具を引き上げた。

 シャンクスのぼやきも、半時と保たず止んだ。
規則正しい寝息が聞こえてくる。
むしろ、眠れなかったのは■■の方だった。
足下の床から聞こえてくるいと健やかな寝息が、耳から離れない……






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2002.7.23





☆ 何とか先が見えてきましたので、初っぱなの部分だけアップ。
  こーゆーお話です。
とっても暗ーい出会いでございます。
お嫌な方は、申し訳ありませんが、帰ってくださいませね。

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