それは白く夜陰の中に浮かび上がり、 その口端がうっすらと上げられているのが見えた。 「…何をしている、と問うている」 ■■の目つきは、凶悪極まりないものだったはずだ。 剣を持った兵士達が硬直したまま、互いに顔を見合わせている。 リーダー格らしい一人が、なんとか口を開く。 「か、海賊の一味を捕らえましたので。その尋問を」 「こんなところで?」 言葉に刃先があるとしたら、 兵士は、斬って捨てられていただろう冷厳さで■■は言い放つ。 「…この男は、吾が預かる」 「し、しかし」 「吾は■■。 万春亭横の宅にいる。不都合あらば、いつでも来るがよい」 万春亭――牡丹園の番人宅の名が出たとたん、 彼らはますます固まった。――その邸に住む者の噂は、 彼らの耳にも届いているということなのだろう…… 結果、■■の命は、あっさりと通ってしまった。 元々さして重要な罪人というわけではなかったのだろう。 退屈していたときに、引っかかってきた玩具を これ幸いといたぶっていただけなのだ。 驚くほどのことではない。 その程度には、この国のタガは緩みきっている。 建国より三〇〇年近い年月が経てば、 強大さで名を売った東方の大国と言えど、あちこちに綻びが生じる。 なまじ大国ゆえ、その亀裂は膨大で、防ぎきれないのだろう。 「…付いてくるがいい」 男はおとなしく■■に従った。 投げ捨てられていたシャツを引っかけ、裸足のまま、 ぺたぺたと足音を立てながら付いてくる。 その音は妙に不揃いだった。 「お帰りなさいませ、ご主人様…」 「イェン、湯殿の用意はできているか」 老練な執事は、一瞬の同様から素早く立ち直り、 主が連れ帰った迷惑な客にも、すぐさま対応した。 「はい、すぐお使いになれます。ただいま、薬を持たせましょう」 浅手とはいえ、男の、ほとんど裸の上半身は、傷だらけだ。 執事は見定める目でその傷を一瞥し、近くの小女に指示する。 浴室は、■■の寝室の並びにある。 「…そちらだ。必要なものは、全て揃っている」 指さされた方へ、男はこれまた素直に移動した。 まもなく「広ー」「すげーあぶく」とはしゃぐ声が響いてきた。 囚われの身であるという自覚は無いのか? と問いつめたくなるようなお気楽な声だった。 「気持ちよかったぁーー」 出てきたときの第一声は、これだった。 語尾にハートマークが付いていそうな脳天気さ。 かなり……いやほとんど助ける必要などなかったのでは と考え込んでしまった■■だった。 「あんがと、助かったよ」 ちゃっかり■■のローブを羽織って、どっかと椅子に座り込む。 この地の椅子は座面が広く、胡座をかいても十分余裕があるのだ。 「ちっとドジ踏んじまって。またあいつら、しつこくてさ。 あー俺、シャンクスってんだけど」 「…姓は?」 「無えもん」 さらりと名を名乗った海賊は、あっさりと流した。 「産みの親の名前は分かんないし、育ての親も、姓なんて無かったモン」 「あんたは?」 「…吾は…■■・‐‐‐‐・‐‐‐‐‐」 「すげー長っ。覚えきれないぞ、俺」 ■■でいーよな、と畳みかけてくるシャンクスは、くつろぎきっている。 「で、あんた、それ、クセ?」 「…?」 「すごく苦しそうにしゃべるんだな。一呼吸以上ハズしてさ」 「…吾は、トロいから…」 喋りたくなどないのだ。周りの者が■■に聞いてくることは、 いつも答えたくないことばかりで…… けれど、■■にそんなことを言ったのは、この海賊が初めてだった。 「ところで」 考え込んでいるうち、気が付けばなぜか、 シャンクスの顔が目の前にある。 「しねえの?」 なにを?と問うような間抜けは晒さずにすんだが、 とぼけた調子にむかついてきた。 「…おまえなんぞとしなきゃならん義務はない」 「義務、ねぇ。こーゆーことは、義務でするもんじゃないだろ」 じゃなんで、俺を連れてきたんだよー俺ってそんな魅力ないかよーー わざとらしく騒ぐ声には、もう取り合わないことにして、 ■■は柳の箱から夜具を出してやった。 「…好きなところに寝るがいい。そこらの床でも、長椅子の上でも」 「ひでー、俺のベッドは無えのー」 どこの世界に、捕らわれ者の海賊を寝台に上げる人間がいるというのか ――いや、そもそも、この男には、自分が虜囚だという自覚も無いらしい。 ■■は、もう相手にするのは止めて、寝具を引き上げた。 シャンクスのぼやきも、半時と保たず止んだ。 規則正しい寝息が聞こえてくる。 むしろ、眠れなかったのは■■の方だった。 足下の床から聞こえてくるいと健やかな寝息が、耳から離れない…… |
| 2002.7.23 |
| ☆ 何とか先が見えてきましたので、初っぱなの部分だけアップ。 こーゆーお話です。 とっても暗ーい出会いでございます。 お嫌な方は、申し訳ありませんが、帰ってくださいませね。 |
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